[現代×文芸 名著60]社会と接する<43>希望燃え立たせる物語…『焔』星野智幸著

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◎2018年刊、新潮社(1600円)。
◎2018年刊、新潮社(1600円)。

 世界の終末を思わせる闇の中で、「私たち」がほのおを囲んでいる。最後の生存者であるらしい「私たち」は、一人ずつ物語を語っては消えていく。星野智幸の『焔』は読み進めるうちに、自分が生存者の一人として他者の語る物語に耳をすませているような錯覚と緊張感にとらわれる。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 最初の物語「ピンク」では、生命を脅かす炎天下に人々は一心不乱に自転する。常態化した異常気象、集団的熱狂、社会の同調圧力といった現代的な事象がリアルに浮かび上がる。

 以降の物語でも、近未来の話を装いながら、自然災害、高齢者介護、少子化、監視社会、ナショナリズムなど現代社会の切実な問題が織り込まれる。また、イメージの喚起力に富む変身たんが変奏され、不寛容社会に欠ける他者への想像力の豊かさを読者に体験させる。

 最後の物語「世界大角力おおずもう共和国杯」は、「ぼくはおかみさん」という意表をつく書き出しが、男性中心の相撲界の風景を伸びやかで幻想的なものに一変させる。立ち合いが見事だ。国技館に世界の味を提供する「ちゃんこ市場」がある設定も楽しい。土俵上から性別や国籍の縛りをなくし、ユーモアをちりばめながら多様性とは何かを問う。

 『焔』は、これら様々な語り口で語られる九つの物語を内包して「私たち」の物語を紡ぐ。短編集でも連作集でもない形式をとり、同調圧力の息苦しさから多様性の志向へと物語を配置することで、人々が自分の物語を語りながら、他者の物語をも生きるという、人と物語との新しいあり方が、希望の炎を燃え立たせる火種となることを伝える。

 閉塞へいそく感に満ちた実社会の危機的状況を描き出しながら、絶望の暗闇から希望の光へ鮮やかに反転する本作は、今、この時代に書かれるべくして書かれた。(谷口幸代・日本文学者)

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