[現代×文芸 名著60]生命を感じる<45>ピアノ競演 響き合う個性…『蜜蜂と遠雷』恩田陸著

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

◎2016年刊。現在は、幻冬舎文庫(上下各730円)。
◎2016年刊。現在は、幻冬舎文庫(上下各730円)。

 頭の中に音楽が鳴る。ホールの緊張、ピアノの旋律、演奏者の息遣い、そして熱狂。ピアノコンクールの予選から本選までの2週間にわたる闘いが描かれた『蜜蜂と遠雷』は、文字だけで音楽体験を可能にする稀有けうな小説作品である。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 国際ピアノコンクールに多様な才能が集結する。正規の音楽教育を受けずに天賦の才で人々を魅了する少年、復活を目指す元天才少女、名門ジュリアードの貴公子、妻の協力を得てラストチャンスにかける最年長者……。彼らの多くは並ならぬ練習を重ね、自分を追い込んできた。それでも音楽の神に愛されるには努力以外の何かが必要となる。

 実際のコンクール同様、課題曲のセレクトが各人の個性を物語る。二次選考のエチュードでは技巧に溺れる者も緊張にのまれる者もいる。それぞれの技量や傾向、背景があらわになるが、とくに(架空の)課題曲「春の修羅」へのアプローチの描き分けは見事だ。養蜂家の子である少年は東北の自然の猛威を激しく表現し、元天才少女は亡き母の温かな面影を幻視する。その色調の違いがたしかに耳に響いてくる気がするのだ。

 演奏者は心情を吐露し、ライバルたちの演奏を優れた耳で解釈し、審査員は自らを懸けて採点する。視点人物がたえず入れ替わることで音の表現の仕方も変わり、本作の大部分をしめる要の演奏シーンを一瞬も飽きさせない。また「オリジナリティなんて言葉、ある意味幻想」や「限られた生を授かった動物が、永遠を生み出すことの驚異」など、音楽に限定されない普遍の芸術論が展開され、全体をぴりっと引き締める。

 尊敬しあう若者たちの芸術愛をうたい上げると同時に、業界のシビアな競争原理も示した本作。著者の意欲作にして傑作のひとつだ。(江南亜美子・書評家)

スクラップは会員限定です

使い方
「エンタメ・文化」の最新記事一覧
1237327 0 特集 2020/05/24 05:00:00 2021/04/08 17:32:37 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/05/20200523-OYT8I50053-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)