[現代×文芸 名著60]生命を感じる<54>父子の軋轢 生々しく…『共喰い』田中慎弥著

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◎2012年刊。現在は集英社文庫(500円)。
◎2012年刊。現在は集英社文庫(500円)。

 少年はどうやって大人になっていくのだろう。心身の急激な変化と成長は、ある種の危機や破綻の契機を含み持つ。田中慎弥の『共い』は、父子の関係に亀裂が入りやがて崩壊にいたるまでの軋轢あつれきと葛藤を、容赦なく描出する。父子の葛藤は、性をめぐる関係図と重なる。なまなましさとはげしさがありながらも、筆致はあくまでも冷たい。そこに魅力があるといえよう。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 「昭和六十三年の七月」と書き出される。昭和最後の夏だ。不用品が沈み、臭気を放つ川が流れる土地に暮らす17歳の高校生・遠馬とおまは、ある不安を抱える。父が女性と交わるとき相手を殴る性癖があると知り、自分もきっとそうしてしまうだろうと、恐れるようになるのだ。遠馬の産みの母・仁子は、近くで魚屋を営んでいる。父と琴子、そして遠馬の三人が生活をともにしている。

 一つ年上の高校生・千種ちぐさは遠馬が付き合っている相手で、二人の関係は初々しくどこかぎこちない。身体的な衝動に、感情はどう追いつくのか。父は欲望に忠実な存在だ。立ちはだかる父の前で、遠馬は心身の折り合いをどうつけていくのか。著者の文章は、さっと書きこまれたようにも見える細部がよい。たとえば「最近になってやっと、下水がこれだけ流れ込む川で釣ったうなぎを父が食べるのを、不潔で危ないことだと思うようになってきていた」と書く。細部が全体と繊細に響き合う構図は、著者の才能を知らせる。

 神社の祭が大雨で中止となり、それが引き金となってある事件が起こる。暴力への復讐ふくしゅう、加害と被害の関係が描かれる。心と身体に刻みこまれた記憶が、川となって人々を運ぶのだと気づくとき、小説は眩暈めまいをもたらす。生と性と死が、川の眺めのもとに一つになる。(蜂飼耳・詩人)

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