[現代×文芸 名著60]生命を感じる<55>人々の心結ぶ純粋な魂…『九年前の祈り』小野正嗣著
メモ入力
-最大400文字まで
完了しました

生者と死者が共存する地で折々の祈りの声が響く。
本作では、四つの物語が折り重なりながら多声的な世界が形づくられていく。
舞台は大分県の漁村。過疎化が進む地域の現実は過酷だ。一見「清潔」に見える町も「死の臭い」をまとう。
そこで人は助け合いながら生きている。特に女性たちは
「ウミガメの夜」では産卵のために岸にあがってきたウミガメが東京から来た大学生にひっくりかえされてしまう。亀は「何も
そのもがく姿は、さまざまな不安を抱えて故郷に戻ってきた人物たちと重なる。「悪の花」の千代姉は「人々の根も葉もない」
追いつめられた外れ者たちは巡礼の旅に出る。車や船で移動しながら、不確かな記憶をたぐり寄せ、現在と過去を行き交うことにより精神のバランスを保つ。
その回想の中に常に現れるのが、幼い頃「人よりも歩き出すのが遅い、
他者の痛みを想像し、自らの心を開け。本を閉じた後も本書はそうやさしく呼びかけてくる。(辛島デイヴィッド・翻訳家、作家)