[現代×文芸 名著60]生命を感じる<57>生きた記憶が文学史…『いのち』瀬戸内寂聴著

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◎2017年、講談社刊(1400円)。
◎2017年、講談社刊(1400円)。

 現在九十八歳となる作者が、この作品を刊行したのは二〇一七年。九十代となり、病気がちになった自らの姿をふり返って、その死を見届けてきた人たちを回想していく、私小説的な味わいのある作品である。

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 驚くべきなのは、そこで語られる六十年を越える作家生活の一コマ一コマが、昨日起きた出来事のように鮮明なことだろう。それだけ作者に強く刻み込まれた記憶が語られているとも言えるし、また亡くなった人たちの姿を描き出す文章が躍動しているからとも言える。しかもそれは、そのまま文学史の一部なのだ。

 一九二二年生まれの作者は三島由紀夫より三歳年上で、たとえば宇野千代、岡本太郎、丹羽文雄、円地文子、福田恆存つねありなどの話題が自然と出てくる。けれどもこの作品が作者にとっての文学の「いのち」を描いているかのようなすごみを見せはじめるのは、なにより河野多惠子と大庭みな子が登場してからである。

 河野と作者は、無名の同人誌時代からの親友で、大庭とは作家となってからのつきあいだ。一九八七年に同時に、女性作家として初めての芥川賞の選考委員となった河野と大庭は、女性作家たちが活躍する時代の先駆けとなった存在である。そのふたりの文学と人物について、同時代を生きた作者にしか書けない挿話が満載されるが、それらを通じてありありと伝わってくるのは、女性作家という存在がなんと面白く、またその作品がどれほど素晴らしいのかという事実だ。

 文学的な評価はふたりにゆずりながら、年長で長命の作者だからこそ奇跡的に、女性作家が「女流」と呼ばれた昭和からふたりの死後女性作家が中心に見える現代までの、時代の変化を記録することに成功した。私小説的文学史ないし文学史的自伝の傑作である。(田中和生・文芸評論家)

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