[現代×文芸 名著60]生命を感じる<58>ウイルスも同じ生態系…『鹿の王』上橋菜穂子著

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◎2014年刊、現在は角川文庫(1~4巻各640円)。
◎2014年刊、現在は角川文庫(1~4巻各640円)。

 東乎瑠ツオル帝国の奴隷によって稼働していた岩塩鉱を、ある夜、恐ろしい黒い犬たちが襲撃する。まれた奴隷や兵士は、数日の内に謎の熱病を発症して死んだ。だが、なぜか、ヴァンと幼い少女だけが生き残る。同じ頃、帝国の医術師ホッサルは、謎の熱病の治療法を模索していた……。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 伝染病と医術師の物語だから、コロナ禍のいま読んで欲しい、というわけではない。この物語は世界まるごと一つを描いたものだから、それだけの話ではない。

 ただ、病を生態系のなかで考えるこの物語は、実に根源的な示唆に富んでいる。ウイルスとて、突然発生した部外者というわけではなく、わたしたちと深い関係にある存在なのだ。

 ホッサルの祖父が言う、「病は、ときに、殺すことによって、真実を見せる。この世にらないものを消していくことで、在るべきものを生かして」という言葉。残酷でありながら、大きな共同体を感じさせる癒しでもある。

 でも、こういう達観に納得する自分と、納得できない自分が、誰しもいるはず。大いなるものを感じる自分と、愛する小さな世界を何より大切に思う自分がいるのだ。

 それに答えるように、上橋菜穂子は一人一人の「生き方」を描いていく。いくつもの民族や集団を内包する帝国、そこに生きる人々の願いと歴史、驚嘆するしかないほど丹念に織り上げられた世界に描かれる人物たちは圧巻だ。

 妙な手加減をされている感じがしないのもいい。難解なものは難解なまま、読者を信頼し手渡されている。そのうえで気負いのない文章に、著者自身が夢中で物語にのめりこんでいるのがわかる。だから読み手も、もっとお話しきかせて、と身を乗り出したくなる。(暁方ミセイ・詩人)

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