[現代×文芸 名著60]生命を感じる<59>日系の歴史 向き合う旅…『カブールの園』宮内悠介著

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◎2017年刊、現在は文春文庫(690円)。
◎2017年刊、現在は文春文庫(690円)。

 日常から逸脱した旅の体験が、封印していたはずの記憶をずるりと表に引き出してしまうことはしばしばある。旅は自己の再発見と他者理解の更新にうってつけだ。「カブールの園」の、日系アメリカ人3世のレイにとって、日系人強制収容キャンプの跡地への予期せぬ訪問は、一族のルーツやアイデンティティと向き合う契機となった。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 小学生時代、クラスメイトから仔豚ちゃんピギーと呼ばれ、むちうたれるいじめにあったレイは、友人と興したIT系ベンチャー企業で働く今も、そのトラウマの心理療法中だ。母親との年季の入った確執もあり、心身は疲弊を極める。そこでヨセミテ国立公園で過ごす休暇が与えられるが、彼女はふと、祖父母が戦中に収容されたマンザナー強制収容所へと行き先を変更するのだ。

 風が吹きすさぶ荒れ地で、彼女は思う。母と祖母の、自分と母の、それぞれの確執の起源はここにあると。アメリカへの忠誠と反発が入り混じる日系の歴史は、世代間に断絶をもたらしたのだと。

 レイが移民世代による同人誌を手に入れ、自らはしゃべりも読みもできない日本語と対峙たいじするくだりは切実さに満ちている。「伝承のない文芸」という文章にふれ、自分のアメリカへの同化の希求が、被差別体験からも母の寂しさからも目を背けさせたと理解するのだ。

 「ありうべき世代の最良の精神」を求め、次のステップへ。母と娘のシリアスながら美しい物語である本作に加え、本に併録された「半地下」という作品では、1980年代のニューヨークを舞台に、日本人の姉弟が虚構と現実、英語と日本語に引き裂かれるさまがリリカルに描かれる。

 SFやエンタメ、そして純文学も。この作家の多才さを知れる一冊だ。(江南亜美子・書評家)

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