[現代×文芸 名著60]社会と接する<42>恋敵は植物 青年奮闘…『愛なき世界』三浦しをん著

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◎2018年刊、中央公論新社(1600円)
◎2018年刊、中央公論新社(1600円)

 告白した相手に「植物の研究に、すべてを(ささ)げると決めています」との理由でフラれたら、心変わりを待てるだろうか。恋のライバルは、人じゃなくて草。勝ち目はなさそうだが、それでも奮闘する青年を見守るのが、本作の醍醐味(だいごみ)だ。

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 東京は本郷にある洋食店で見習い料理人として働く藤丸は、近所の国立T大学のとある研究室にたびたび出前をするうち、一人の院生に()かれる。シロイヌナズナという葉っぱの遺伝子操作の実験に没頭する本村は、見た目が殺し屋のような教授をはじめ、サボテン愛を表明する後輩や、ボルネオ島にコケ研究に赴く先輩など、個性あふれる面々と同様、研究一筋だ。

 彼女は、恋愛や結婚、人との生殖にも興味がない。「一台の顕微鏡を二人で同時に(のぞ)くことはできない。(中略)研究以上に夢中になれるとは、とても思えない」と、藤丸のアプローチは丁重に断ったものの、彼が料理の世界で研鑽(けんさん)を積み、明るい性格であることは、好ましく思うのである。

 地道な基礎研究の日々を彩る小さな変化や、まれの発見の喜びを、本作はじっくりとらえる。派手な物語を排し、千二百粒の種の採取や、学会発表など、地味エピソードを羅列していく書きぶりは、研究者という生き物の的確な生態観察であるかのようだ。

 本村はこう夢想する。「無人の大学を、街を、地球上を、愛を知らぬ植物が緑で席巻していく」。自然が人間のよりよい生活のためのリソースなどではなく、人間も自然の一部と考える彼女の謙虚さには、これからの自然との共生のヒントが隠されていそうだ。

 さて恋の行方は? むしろ恋愛至上主義でなく、独自の信頼関係を築こうとする若者たちがいじらしい、変わり種の青春小説だ。(江南亜美子・書評家)

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