[現代×文芸 名著60]心に触れる<2>孤独な心 弱さの側に立つ…『ことり』小川洋子著

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◎2012年刊、現在は朝日文庫(580円)
◎2012年刊、現在は朝日文庫(580円)

 小川洋子の小説は、現代社会で生きにくさを感じる心にそっと寄り添う。静謐(せいひつ)で隙のない文章が編み出す世界には、独特の崇高さがあり、読む者を魅了する。不器用で周囲と上手くいかず、この世の隅でひっそりと暮らす人の味方をする、という姿勢がどの作品の根底にもある。「ことり」にはとくに、その方向性が強く出ていると思う。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 主人公は「小鳥の小父(おじ)さん」と呼ばれる人物。52歳まで生きた兄がいた。兄は11歳ごろから、周囲には意味不明の言葉を話し出す。その言葉をわかるのは弟だけだった。それは「小鳥のさえずり」に似ていた。

 兄は週に一度、近所の薬局でキャンディー一本を買う。その包み紙を集めて小鳥の形をしたブローチを作るのだ。楽しみは、幼稚園の鳥小屋を眺めること。両親の没後、弟はある会社のゲストハウスで管理人として働き、二人の生活は静かに続いていく。

 兄がいなくなった後、弟は幼稚園の鳥小屋の掃除を申し出て、奉仕活動としてそれを行うようになる。ところが、ある事件が起き、「小父さん」にあらぬ疑いが掛けられる。困惑の中、いっそうの孤独へ追いやられる。いや、孤独といってよいかはわからない。その心にはいつも小鳥が存在し、兄の思い出が抱きしめられているのだから。

 メジロを飼う男と、メジロの歌について対話が生じたとき、「小父さん」はこう述べる。「上手いか下手かなんて、考えたこともありません」と。つまり、生きてそこにいるだけでよい、ということなのだ。

 ここには、生の肯定がある。(かな)しみと美しさを漂わせる結末への、せつない展開に小鳥の声が共鳴する。孤独な心に目を向け、弱さの側に立つこの小説には、胸にひろがる力がある。(蜂飼耳・詩人)

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