[現代×文芸 名著60]心に触れる<4>変わる街 残る元孤児の声…『骸骨ビルの庭』宮本輝著

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◎2009年刊、現在は講談社文庫(上・下各600円)
◎2009年刊、現在は講談社文庫(上・下各600円)

 平成六年。バブルははじけていた。主人公の八木沢省三郎は、五十を前にして、勤務先の家電メーカーの早期退職に応じる。再就職先の会社は、八木沢を大阪は十三(じゅうそう)の戦前に建てられたおんぼろビルに送りこむ。八木沢の仕事は、その通称骸骨ビルに住みこみ、住人を立ち退かせることだった。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 八木沢は焦らず、ビルの住人一人一人の話を粘り強く聞いていく。そこに暮らすのは戦後、町に(あふ)れた孤児を(かくま)い育てた男の遺志を継いだ老人と、個性的な元孤児の面々だった。

 孤児たちの話から見えてくるのは、平成元年に没した男こと阿部轍正だ。激動の昭和と運命を共にした阿部は、出征先の南方で「光」を見て戻り、大阪で孤児を育てた。

 とはいえ戦後生まれの著者は、戦争そのものにはあえて踏みこまず、昭和を美しいものとしてだけは描かない。孤児の中にも、暴力団の構成員になった者もいれば、阿部から性的な暴行を受けていたと訴えでた者もいる。彼らの存在は物語に影を落とすが、説教臭い懐古趣味から小説を救っているとも言える。

 古いビルは再開発によって消えていき、街の風景は否応(いやおう)なしに変わっていく。開発を進める側のはずの八木沢だが、元孤児たちの中に入っていき、農業や料理を習いもする。野菜にしても料理にしても、わずかでも手を抜けばだめになってしまうものだが、それは文学の比喩と読むこともできるだろう。

 著者もまた、「泥の河」「(ほたる)川」のような初期作品から一貫して市井の人々の声を拾いあげてきた。制度や()れ物が変わっても、残るものがある。そこに昭和、平成と小説を書き継いできた著者の主張もあるのではないか。(秋草俊一郎・比較文学者)

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