[現代×文芸 名著60]心に触れる<6>ネズミの視点 驚きの世界…『川の光』松浦寿輝著

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◎2007年刊、現在は中公文庫(760円)
◎2007年刊、現在は中公文庫(760円)

 「プラスチックの樹脂を透かすと、草や石が(ゆが)んで見える。空から落ちてくる光が乱反射して、きらきらしたさざ波のようにあたりを満たす。そっと(ささや)いたり、大きく叫んだりしてみると、ボトルの内部にくぐもった反響がこだまして、ぼあぼあした妙ちきりんな響きになって耳元に返ってくる」

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 これは、プロローグの一部。小さなネズミの目を通してペットボトルの内側から外を眺めたときの描写である。ペットボトルという人間の落としたゴミが、ネズミの目を通すと、こんなにも美しく世界を感受するための装置になり得るのかとうっとりする。この世の片隅に生きる小さな小さなネズミの目を通じて、世界を新しく感じ、考えるための一冊なのだと思う。

 主人公は、クマネズミの子どものタータと弟のチッチ、そして彼らの「お父さん」。チッチの出産時にお母さんが死ぬという不幸があったが、三匹は川辺の巣で安定した暮らしを続けていた。しかしある時、川の暗渠(あんきょ)化工事が行われ、住処(すみか)を失ってしまう。そこで、安住の地を求めての三匹の冒険の旅が始まるのである。

 なにしろネズミなので、人間にはなんでもない距離の移動にも、数々の困難と危険が待ちかまえている。その一つ一つのエピソードが、冒頭のような瑞々(みずみず)しい文章で臨場感たっぷりに(つづ)られていく。はらはらしながら冒険を追いつつ、これまで見えていなかったもの、見ようとしなかったものへの驚きに包まれる。この星には、健気(けなげ)に生きている無数の生命があるのだ。

 同時に、彼らの物語を社会の比喩として象徴的に捉えることも可能だろう。不条理に耐える無力な存在が、知恵と勇気で誇り高く生き抜く。その姿を見守りつつ、こちらの背筋も伸びてくる。(東直子・歌人)

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