[現代×文芸 名著60]心に触れる<7>昭和な匂い 少女の記憶…『ビリジアン』柴崎友香著

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◎2011年刊。現在は河出文庫(680円)
◎2011年刊。現在は河出文庫(680円)

 私たちは「なつかしさ」を語るのが好きだ。後悔や怨念も、ほんとうは好きだ。小説は、そうした過去へのこだわりに言葉を与えるジャンルとして栄えてきた。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 『ビリジアン』も徹底的に過去を描く作品である。掌編を二〇ほど連ね、小学校から高校に至る思春期女子の記憶を、時間軸を前後しながら語る。ただ、そこにあらわれる「なつかしさ」の味わいは独特だ。

 大阪の夕陽(ゆうひ)と川べりと工場街。「昭和な匂い」のする静かな世界である。少女たちのやり取りは微笑(ほほえ)ましく、脱力的。ボブ・ディランが出てくる魔法のひとときもある。しかし、いじめで殴られ出血したり、交通事故で指がいったん切断されたり、ということも。それでも静かなのだ。「どこか変だぞ」とも思う。

 柴崎は情動に身を任せない。世界を見る目が遠い。ドラマが始まっても、ぐいっとブレーキを踏む。タイトルの「ビリジアン」は濃い緑色の顔料のこと。主人公の目にまず飛びこむのは色なのだ。「なんか黄色くない?」「だいぶ黄色い」といった会話が示すように、風景はまずは突出する色として捉えられる。そこへ「太陽は、他にどこにもないような色で、光っていた」とあるとドキッとする。

 情緒の一部が冷えている。そこへ世界のざらっとした無機的な感触や、漠たる不安が(にじ)む。人間の向こうに、すべてを越えて、能面のような世界の無表情がちらっと見えるのだ。

 平成になり、昭和との明確な断絶が見えない中、「近い昔」は既視感の漂う古さばかりが目についた。『ビリジアン』にもそんな空気。「なつかしさ」は無機的な時間に感情の(ぬく)もりを与えるが、柴崎はあえてその(よど)んだ滞留をとらえた。そこに昭和のほんとうの顔がのぞくのかもしれない。(阿部公彦・英文学者)

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