[現代×文芸 名著60]生命を感じる<60>世界照らす平凡な言葉…『どんぐり姉妹』よしもとばなな著

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◎2010年刊、現在は新潮文庫(630円)。
◎2010年刊、現在は新潮文庫(630円)。

 吉本ばななの「キッチン」(1988年)は衝撃的なデビュー作だった。やわらかく、まっすぐで、何より平易。どれをとっても従来の純文学のイメージとは対極にあり、新しい感性の到来を感じさせた。

[現代×文芸 名著60]全作品リンク集

 『どんぐり姉妹』はそれから20年以上後の作品だ。この時期、作家は「よしもと」と名乗っていた。行動的で恋愛経験の豊富な姉のどん子と、体調に不安を抱えるものの言葉が豊かな妹のぐり子。あわせ鏡のような姉妹が「どんぐり姉妹」という相談サイトを開く。相談者とは、たあいのないやり取りをつづけるだけ。でも、それで相手は救われる。

 「キッチン」の空気がここにも漂う。しかも、つゆほどのマンネリ感もない。あいかわらず作品世界は新鮮さにあふれ、驚きも喜びも哀切感もまばゆい。

 吉本ばななの作品には、「新しさ」だけでは説明のつかない光源のようなものが宿っているようだ。両親の死、おじいちゃんの介護、夢で知らされる初恋の麦くんの死。『どんぐり姉妹』でも、これでもかと死や別離が描かれ、挫折や諦めもたっぷりだが、家族や恋愛や生命に思いを巡らす主人公ぐり子の、ほんの一、二行の平凡な言葉が、ぱっと世界を照らす。「人間ってそんなにわかりやすくできていて、ごはん以外のものも毎日食べているんだ」「雰囲気とか、考え方とかそういうものまで」。

 わずかに力をゆるめる。ちょっとずらす。すると不思議なことに、ごくふつうの言葉が輝きを放つのだ。『どんぐり姉妹』は、そうやって世界を蘇らせるための術を教えてくれる小説である。吉本ばななの読者は一人の相談者。作品の言葉とやり取りをするうちに、すっと楽になって、回復していけばいい。(阿部公彦・英文学者)

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