心や体がスッとする「健やか」になる本<1>

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 2年続けてこんな夏になるなんて……。テレビ越しの五輪選手の活躍には胸が躍るけど、遊びに出かけるのもはばかられ、何だかモヤモヤが晴れないというあなた。こんな時だからこそリフレッシュできる、えりすぐりの本を、読書委員がご紹介します。

原里実著『佐藤くん、大好き』(金魚屋プレス日本版、1760円)

  飯間 浩明 (国語辞典 (へん)(さん) 者)

 SNSを開くと、悪罵と冷笑の応酬ばかり。そんな毎日がしんどい人にぜひ。収録された18の短編は、恋愛小説というより「好き」という気持ちを見つめる作品群です。ほとんど話さない宇宙人のような少年など、奇妙な人物に かれる主人公の少女たちの目を通じ、大切な人と過ごすかけがえのない瞬間を描きます。作品世界は、時間がゆがんでいたりして、現実とかけ離れています。それなのに、読みながら自分の懐かしい日々が思い出されてくるのは不思議。文章は柔らかくて心地よく、ことばにしにくい「好き」が見事に描写されています。

阿久津隆著『読書の日記 本づくり/スープとパン重力の虹』(NUMABOOKS、2035円)

  柴崎 友香 (作家)

 私は本はたいてい家で読むが、たまに喫茶店や外で読むと気分が違って、その時間は本の内容と共に記憶に残る。

 「本の読める場所」としてカフェを経営する店主の読書日記、約半年分。複数の本を並行して読んだり一冊を何日もかけて読んだり、本の言葉と生活が結びついている豊かさと広がり。本から思い出される過去や別の本への連なりに思考を刺激される。店の仕込みをし、思いついてケーキを焼き、人と関わり、働いて生きる日々を、本が支えている。半年分とはいえかなりのボリュームで、分厚くころんとした造本も気持ちが落ち着く。

茨木のり子著『茨木のり子集 言の葉』全3冊(ちくま文庫、836~902円)

  加藤 聖文 (歴史学者・国文学研究資料館准教授)

 コロナ禍のモヤモヤをスカッとさせる本ではないですが、心に響かない空疎な「言葉」が氾濫する世間から一歩距離を置いて、自分の言葉で思索することの大切さを教えてくれます。

 茨木のり子は詩ばかりでなく優れたエッセイも多く残しました。3冊からなる自選作品集には生き生きとして時にずしりと心に響く言葉が あふ れています。

 なかでも「美しい言葉とは」(第2集に収録)は珠玉の一 ぺん 。とかく不確実なコロナ後を乗り切って行くために、言葉の持つ力について思索をめぐらしてみるとなんだか心も落ち着いて前向きな気分になります。

クリスティン・バーネット著、永峯涼訳『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』(角川文庫、1078円)

  長田 育恵 (劇作家)

 光と影の動きを何時間も飽きずに眺めていた幼いジェイク。自閉症と診断され、読み書きも会話もできないと宣告された。この本は、母である著者が困難を乗り越え、彼を光の中に連れ出すまでの熱い手記だ。

 著者は、息子の好きな分野を伸ばすことに尽力。結果、彼は独創的な数学理論で、十二歳で宇宙物理学者となり世界中から注目される。だが著者は、彼が子どものままでいられる時間も まも り抜こうと決意する。

 誰もが秘めているきらめき。自分らしく生きていいのだと認められるからこそ輝きを放つ。希望と勇気が あふ れる一冊。

益田ミリ著『週末、森で』(幻冬舎、1320円)

  南沢 奈央 (女優)

 コロナ禍、アウトドア志向の人が増えているという。わたしもその一人。肉体的疲労すら気持ちよく、精神的にぜったいに元気になって帰ってこられる。

 森の中をただてくてく歩くだけでも気づきがある。それは都会に戻ったときに、イライラや疲れをふっと楽にしてくれる、まさに“健やかに過ごせるヒント”になる。森で暮らす早川さんと、週末遊びに行く女友達二人の姿に共感しきりの一冊。

 「目的地に行くだけのために人間って歩くわけじゃない」

 まるで森林浴したように、爽やかな気分になれること、間違いなし。

橋口幸子著『こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと』(左右社、1870円)

  苅部 直 (政治学者・東京大教授)

 鎌倉稲村ヶ崎に住む詩人の家に間借りし、「大家」と「 店子たなこ 」としてつきあった日々の回想。冬の思い出も記しているが、窓から見える海と空の広がりは、夏のさわやかな朝をくっきりと印象づける。

 そのころは詩人をめぐる恋愛の三角関係や、著者の生活のゆきづまりなど、むずかしい事態も進んでいた。狐に誘われるように酒に浸ってゆく詩人の屈託も、たぶん尋常ではない。しかし、若い著者に向かうときは泥酔せず、穏やかであり続けた田村隆一の 矜持きょうじ と、一緒の暮らしを記す静かな言葉。それが読む人の心持ちにも効いてくる。

内村鑑三著『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(岩波文庫、594円)

  佐藤 信 (古代史学者・東京大名誉教授)

 病禍・災害で見通しの悪い時代に、内村鑑三「後世への最大遺物」を薦めたい。著者は明治から昭和にかけてのキリスト者で、教育勅語不敬事件、日露戦争非戦論や『代表的日本人』などの著作でも知られる。

 本書は1894年の夏期学校での講演の短編で、人が後世に のこ せる物は何か、思索する。

 清い用途のお金、慈善の事業、思想、文学などは遺物となるが、誰にでも遺せるのは「勇ましい高尚なる生涯」ではないか。あの人は真面目な生涯だったと評される人生なら後世に遺せる。普段の生き方を顧み、どう生きるかに向け元気が得られる。

小林まこと著『新装版 柔道部物語』全8巻(講談社、922~985円)

  稲野 和利 (ふるさと財団理事長)

 1980年代、故古賀稔彦氏も愛読した柔道漫画の金字塔。運動部未経験の主人公 三五十五さんごじゅうご は高校入学後何の気なしに柔道部に入部するが、想像を絶する世界が待っていた。数々の試練を経て三五は仲間とともに成長し、やがて得意の背負い投げを武器に高校日本一を目指す。

 努力、友情、ライバル、師弟関係、挫折、恋、涙、笑い、青春ネタが満載だ。登場人物のキャラクターがいずれも特徴的。鮮やかな描線で表現される背負いの 炸裂さくれつ を味わってスッとした気分になろう。現在1、2巻の入手が困難なのが残念だが、電子版という手段もある。

錦見映理子著『リトルガールズ』(筑摩書房、1650円)

  梅内美華子 (歌人)

 今の自分のままでいい、いや変わるべきかと人は揺れる。そして揺らすのは自分なのか他者なのかわからなくなる時がある。そんなやわらかい振り子を夏の光の中に描き出した物語。

 生理が来たばかりの中学生桃香はまだ誰も好きになったことがない。更年期真っ 只中ただなか の女性教師は好きな服を着て生きると決める。自己を守っている彼女たちに女友達のキスやヌードモデルの依頼という想定外のことが起こる。葛藤や心の成長に年齢は関係ない。歌人でもある作者は学校のざわめきの中に一人一人のまっしぐらでピュアな魂の しずく を抽出している。

吉野孝雄著『宮武外骨伝』(河出文庫、1045円)

  橋本 倫史 (ノンフィクションライター)

 今年も外骨忌の季節を迎えた。慶応3(1867)年に生まれ、昭和30(1955)年7月28日に亡くなるまで反骨反権力を貫いたジャーナリスト・宮武外骨の忌日だ。

 「過激にして 愛嬌あいきょう あり」の精神を貫く宮武外骨を知ったのは十数年前。でも、ぼくはその存在を、奇人としか認識できていなかったような気がする。

 去年にも増して、この夏はモヤモヤする。そのモヤモヤから目を らしてやり過ごすのではなく、しっかり吟味することが、精神をすこやかに保つ近道だと思う。その道標に、この1冊をアクチュアルに読み直したい。

伊野孝行著『となりの一休さん』(春陽堂書店、2200円)

  栩木 伸明 (アイルランド文学者・早稲田大教授)

 一休さんは天真 爛漫らんまん なとんち小坊主だったというのは伝説で、禅僧一休宗純は矛盾だらけの人物だ。本書は 波瀾万丈はらんばんじょう の生涯を文章と漫画でたどる。

 悟りの証明書を嫌い、僧侶の腐敗を痛烈に批判するかと思えば、自らの戒律破りを誇示し、寺の住職を10日で辞めた前歴がありながら、大徳寺の住持はきちんと務め、晩年には50歳以上年下の女性を愛した……。

 やりたいことをやり、やりたくないことはやらないという、至難の正道をたどって天寿を全うしたのが彼だ。一休さんの生き方はぼくたちの心を健やかにしてくれるお手本だと思う。

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2291425 0 読書委員が選ぶ「夏休みの1冊」 2021/08/18 05:25:00 2021/08/18 09:39:47 2021/08/18 09:39:47 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210817-OYT8I50084-T.jpg?type=thumbnail

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