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笑みをたたえた温和な表情。その話しぶりは穏やかで親しみやすい。専門は文化人類学。もちろん反権力を旨とする革命家ではないが、「アナキズム」にひかれるという。
「人類の歴史の大部分を占める未開な社会では、そもそも支配的な権力が存在せず、人々はお互い助け合って暮らしていました。つまり人類学は昔からアナーキーな社会を研究してきたんです」
大学院生の時、アメリカの人類学者、デビッド・グレーバーの著作に触れ、こうした考えを知った。その後、エチオピアの農村でのフィールドワークを通して、「国家がなくても社会は成り立つ」という実感を抱いた。「政治は本来、権力者に委ねるのではなく、私たち自身が日々の暮らしの中で実践するもの。現代の日本人は、自らの手で『公共』を作り直すべきです」
国家や市場といった近代のシステムによってバラバラになってしまった「人と人とのつながり」を、どのようにして取り戻すか。話題になった前著『うしろめたさの人類学』でも論じられた大きな問いが、この本ではより明確な方向性をもって語られる。
「今回のコロナ禍でもそうですが、国家は私たちが困った時にいつも助けてくれるとは限らない。むしろ『国家は無力』と思っていた方が、自分たちでできることを考えるきっかけになります」
根底には厳しい現実認識がある。ただ、他者にこうした考えを強制はしない。強制は人間のきずなを壊すからだ。
「古民家を改装したカフェで開かれる趣味の集まりや、山奥に新しくできたパン屋を利用する顔なじみの客……そういった目的を持たない緩いつながりが、互助のコミュニティーとなって国家と個人の間をつなぐ。それが理想です」
ラジカルでやわらかい、自立・共生の勧めだ。(ミシマ社、1980円)松本良一