読売新聞オンライン

メニュー

ニュース

動画

写真

スポーツ

コラム・連載・解説

発言小町

漫画

教育・受験・就活

調査研究

紙面ビューアー

その他

サービス

読売新聞のメディア

購読のお申し込み

読売新聞オンラインについて

公式SNSアカウント

評・岸本佐知子(翻訳家)

『ドレス』 藤野可織著

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

書評(25日、東京都千代田区で)=栗原怜里撮影
ドレス 藤野可織 
書評(25日、東京都千代田区で)=栗原怜里撮影 ドレス 藤野可織 

日常の皮膜はぎ取る

 女の子が母親に連れられてご近所の家に行く。一切の無駄を排した、白ずくめの素敵すてき邸宅だ。その庭に皮膚が赤黒くただれた犬がいる。狭い場所に押しこめられて名前も与えられず、ひいいいいん、と悲しげな声で鳴く犬だ。だが何年か後、その犬の存在は少女を除く誰の記憶からも、母親やご近所さんの記憶からさえ、完全に消えてしまっている。(「愛犬」)

 胸がざわざわした。自分にも、忘れているこんな犬がいたような気がする。同時に、自分がこの犬であるような気持ちにもなる。

 「息子」では、夫のもとに妻から、幼い息子が帰ってこないと電話がある。だが夫は心配事は妻に丸投げして、ひとり童心に帰って豪雨に心を浮き立たせている。彼の目に、妻にもあるはずのヒトとしての心はまるで見えていない。その「なかったことにされている」妻の心が、最後にある不気味なことを引き起こす。

 この短編集に収められた物語は、どれもうっすら怖い。なのにもっともっと読みたくなるのは、「こっちのほうが本当だ」と心のどこかでわかるからだ。男女の役割が逆転して、生殖と出産の仕組みまでがグロテスクに変容していたり。高度AI搭載のドローンの疲れを人間たちがいやす保養所があったり。家庭のレンジフードが異界に通じていたり。どれもあり得ない話のはずなのに、私たちの住むこの世界の正体を、くっきりと指し示しているように思える。

 ふだん私たちは、生の不都合さやグロテスクさに気づかないふりをして、つるりとした手触りの日常を生きている。この物語たちは、その皮膜をはぎ取ってみせる。読んでいると、足元の地面が急になくなったような心もとなさを感じる。でもそこには安堵あんどに似たすがすがしさが混じる。地面なんか、最初からなかったんだ。わかってしまえばこっちのものだ。皮膚のただれた犬をしっかり抱きしめて、やっと私たちは生きることを始められるのかもしれない。

 ◇ふじの・かおり=1980年京都生まれ。同志社大大学院前期修了。作家。2013年、『爪と目』で芥川賞を受賞。

 河出書房新社 1500円

無断転載・複製を禁じます
2562 0 書評 2018/01/15 05:27:00 2018/01/15 05:27:00 書評(25日、東京都千代田区で)=栗原怜里撮影 ドレス 藤野可織  https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180109-OYT8I50025-1.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込み

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)