『例外時代』 マルク・レヴィンソン著
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特殊だった高度成長
人々の社会保障への過度の要求、豊かさの限りない追求は、マーシャル・プランによって始まった第2次大戦後の驚異的な経済成長を背景にしている。その時代がいかに特殊で、「例外」な時代であったのかを、20世紀後半の先進諸国の経済政策を概観することで、浮かび上がらせたのが本書である。
「例外」の時代を象徴するのが、ドイツの政治家で経済宗教の宗家のようなシラーが掲げ、法的義務とまでなった「魔法の四角形」と評された施策である。自由市場経済の枠組みで〈1〉成長を促進し〈2〉失業をなくし〈3〉インフレを回避し〈4〉国の国際勘定の均衡を保つことができる――その骨子である。だが、「魔法の四角形」を実現できる経済基盤は、1973年のブレトンウッズ体制の崩壊、石油価格の高騰といった事態を契機に
経済の低迷にあえぎ、インフレと失業率の増加に沈んだ欧州では、サッチャー、ミッテラン、コール等の政権のもとで、苦渋に満ちた様々な経済対策が実行されたのだが、「例外」だった時代の記憶を消し去ることができず、状況への対応に終始せざるを得なかったといってもいい。米国では、供給側だけが需要の源だとするサプライ・サイド経済を訴え、国の財政赤字は二の次、福祉国家の理念とも戦うとしたレーガン政権が発足。経済の軸足を金融、資本市場に移す流れを助長した。
本書は米国の経済学者サミュエルソンの言葉で結ばれる。「二〇世紀の第三四半期は、経済発展の黄金時代だった。この時代は、あらゆる合理的な期待を上回っていた。そして、同じような時代が近いうちに再び訪れることは、まずないだろう」。例外の時代に可能であった政策を否定するには、まず、奇跡の経済成長の時代そのものを「例外」と認識することから始めるべきなのである。松本裕訳。
◇Marc Levinson=エコノミスト、歴史家。著書に『コンテナ物語―世界を変えたのは「箱」の発明だった』。
みすず書房 3800円