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評・鈴木幸一(インターネットイニシアティブ会長CEO)

『1924 ヒトラーが“ヒトラー”になった年』 ピーター・ロス・レンジ著

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『1924』(26日、社内で)=萩本朋子撮影
『1924』(26日、社内で)=萩本朋子撮影

扇動者に熱狂する大衆

 定職も家もなく、辛うじて糊口ここうしのぎながらウィーンをさまよい、第一次世界大戦では、ドイツ陸軍のしがない伝令兵として負傷、後に吹聴することになる勲章をもらった男。敗戦後、バイエルンのビアホールで、過激な演説で人目を引いていただけのヒトラーが、階級国家で、教養を神聖視したドイツで高位に就くなど、だれも想像の外だった。それを可能としたのは、敗戦後の過酷な賠償により、苦境の極にあったドイツの社会状況であり、混乱期の大衆であった。

 弱小政党であったドイツ労働者党にかかわりを得ると、唯一の武器であった演説で人々の熱狂を呼び、1923年には自らが率いる突撃隊を擁して、ベルリンへの進軍を図ったミュンヘン一揆を試み、失敗する。

 本書は翌24年、裁判において、国家への反逆の重罪が想定外の軽微な有罪判決を受け、収容されたランツベルク刑務所で、「衝動的な革命家が、権力獲得に向けた忍耐強い政治家に変わった」。まさに「ヒトラーがヒトラーになった」とされる『我が闘争』を著述した時期を、膨大な資料を基に叙述している。

 なぜか、著名な女性たちをきつけていたヒトラーは、贈り物の花とケーキに包まれ、快適な刑務所生活を送った。「優れた演説家は、自らを大衆に委ねるから、彼らの心に届く言葉が感覚的に分かる」。ヒトラーの言葉である。自身をフリードリヒ大王、ナポレオン、ローエングリンなどに擬し、ドイツの救世主として大衆の支持を得たのである。

 33年、首相となって以降のヒトラーについては膨大な書物があるのだが、1924年という時間を切り取ってジャーナリスティックに叙述することで、類いまれな扇動者と、扇動者に吸い込まれる大衆の動き、究極のポピュリズムが変える世界の怖さに触れることができる。民主主義そのものの危うさを指摘する議論が顕著になっている現在、一読をお勧めしたい。菅野楽章訳。

 ◇Peter Ross Range=ジャーナリスト。ドイツ事情を専門とし、戦争、政治、国際情勢を取材する。

 亜紀書房 3000円

無断転載・複製を禁じます
15340 0 書評 2018/04/09 05:23:00 2018/04/09 05:23:00 『1924』(26日、社内で)=萩本朋子撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180402-OYT8I50025-T.jpg?type=thumbnail

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