『昏い水』 マーガレット・ドラブル著
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静寂に溶け込む死
主人公であるフランは70歳を超しても、老人養護施設の住居の改善・調査をする財団に雇われ、クルマでイングランドの施設を巡回する。フランは「老い」と折り合いがつけられず、絶えず忙しくしている。手料理を届けるなど世話を続けている別れた夫、老いてなお老人の集まりに文学を教える幼いころからの友人、戦後すぐの子供時代、隣り合わせの住まいに育ち、介護関係で著名な人となった幼
400ページ近いこの老人小説には、劇的なストーリーの展開はなく、生きてきた過去の塗り絵に色を施すような記憶と、勝ち目のない戦である「老い」を過ごす日々が、イェーツやシェイクスピアなどの言葉を巧妙に挟みながら描かれる。
冒頭、フランは子供の頃から、偉人の最期の言葉が好きだったと始まる。ベートーヴェンの「天国では耳も聞こえるだろう」、ウォルター・ローリーの「心の向きが正しいのなら、首の向きなんかどうだっていい」、この引用に象徴されるように、英国の小説らしいユーモアの視点を失わずに、死に至るそれぞれの老人の姿を、徹底して日々のディティールを積み重ねながら描いている。物語は、描かれた老人たちが、そして誰もいなくなって終わる。
80歳になろうとしているマーガレット・ドラブルの老人小説は、ともすれば、あまりに過剰な情景描写に
◇Margaret Drabble=1939年生まれ。65年未婚の母を描いた『
新潮クレスト・ブックス 2300円