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評・伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

『言葉の魂の哲学』 古田徹也著

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「言葉の魂の哲学」(18日、読売新聞東京本社で)=大石健登撮影
「言葉の魂の哲学」(18日、読売新聞東京本社で)=大石健登撮影

常套句から逃れる方法

 今今今今今今今今今今今今今今。繰り返すと「今」は単なる線の集合へと崩壊する。同じことが常套じょうとう句にも言える。何度も人々の口の端に上るうちに、表現が空っぽの記号へと変貌へんぼうする。本来の生き生きした意味が失われ、ただ流通させることだけを目的とした言葉。それは魂を失った、死んだ文字列だ。

 では言葉はどのようなときに生命を得るのか。言葉の意味が生き生きと立ち上がるその瞬間、それを本書は生け捕りにしようとする。その眼差まなざしは独創的で繊細、しかもSNS等で言葉が即座に拡散される現代社会を見すえている。

 導きの糸となるのはウィトゲンシュタイン、そしてカール・クラウスの言語論だ。特にクラウスの言語論が興味深かった。クラウスは作家として知られるが、十九世紀末から四十年弱にわたって個人誌『炬火たいまつ』を執筆・出版。当時の新聞ジャーナリズムを批判し続けた。ナチス内部のヒトラー独裁体制が確立した一九二一年の誌面に、彼はこう書きつけている。「日常の交わりで使う決まり文句の鮮度を高めること、かつては意味をもっていたのに今では物言わなくなった言葉の身元確認、それらを人間に教えることは有益だろう。……根源に近づけば近づくほど、戦争から遠ざかるのだ」

 クラウスが促すのは、しっくりくる言葉を吟味する姿勢である。ラーメンの味に思わず「やばい!」と常套句を叫ぶとき、それは実際には「かつてなく濃厚だ」なのか「絶妙な風味だ」なのか。不祥事を起こした人が「遺憾だ」と口にするとき、それは「申し訳ない」なのか「自分のせいではない」なのか。

 しっくりくる言葉を探すとき、私たちは似た意味の言葉の間で迷う。この迷いは、単なる表現の厳密さの問題ではない。それは道徳的な行いだとクラウスは言う。迷う過程で言葉の多面的な意味に触れた人は、常套句の催眠術から目覚めることができるからである。

 ◇ふるた・てつや=1979年生まれ。専修大准教授(哲学・倫理学)。著書に『それは私がしたことなのか』。

 講談社選書メチエ 1700円

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23980 0 書評 2018/06/04 05:24:00 2018/06/04 05:24:00 「言葉の魂の哲学」(18日、読売新聞東京本社で)=大石健登撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180528-OYT8I50034-T.jpg?type=thumbnail

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