『忘却する戦後ヨーロッパ』 飯田芳弘著
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二分法で語れない歴史
20世紀は歴史上、例のない「暴虐の世紀」でもある。ナチズムによるホロコースト、共産主義革命を掲げたスターリンや毛沢東の粛清の単位は千万人単位ともいわれる。悲劇を繰り返さないためには、歴史に学び、記憶を語り継ぐ必要があることは言うまでもない。
ところが、第2次世界大戦が終わって間もない1946年、英国のチャーチルは次のように演説した。「過去の傷から生まれた憎しみと
本書は、枢軸国ドイツとイタリア、また戦時中は親ナチス政権だったフランスが戦後の復興期、ナチスやムッソリーニにだけ責任を負わせ、それ以外の者には恩赦を与え犯罪者の社会復帰を認めた「忘却の政治学」が、どのように働いたのかを具体的に記述している。歴史家ジャットの言うところでは、「集団的記憶喪失がなかったとしたら、ヨーロッパの驚嘆すべき戦後復興など不可能だった」のだ。このような動きは、後のスペインとポルトガルがそれぞれフランコ、サラザールの独裁から民主主義に移行した際、またソ連邦の崩壊によって、ポーランド、チェコ、ハンガリー、クロアチアなどの東欧諸国が共産主義から移行した際にも繰り返されたという。ヨーロッパの戦後史を「移行期正義」という概念から捉え直した一冊である。
著者も記しているように、「政治も歴史も、黒か白の二分法では語ることのできない複雑なもの」である。本書を読みながら、絶えず脳裏に浮かんでいたのは、一切の「忘却」を拒否し、将来の関係構築が一向に進まない日韓関係である。もちろん犠牲を強いた側から持ち出せる話ではないが、別の視点から歴史に学び、現在の世界を見る目を成熟させてくれる。
◇いいだ・よしひろ=1966年生まれ。学習院大教授。専門はヨーロッパ政治史。著書に『想像のドイツ帝国』。
東京大学出版会 4600円