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評・苅部直(政治学者・東京大教授)

『実証史学への道 一歴史家の回想』 秦郁彦著

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秦邦彦著「実証史学への道」(13日、読売新聞東京本社で)=稲垣政則撮影
秦邦彦著「実証史学への道」(13日、読売新聞東京本社で)=稲垣政則撮影

歴史を扱う精神の余裕

 秦郁彦がいなかったら、日本近現代史の研究はどうなっていただろうか。立場の左右を問わず、その手になる『日本陸海軍総合事典』『日本官僚制総合事典』といった資料集のお世話になったことのない研究者は皆無だろう。大量の人物について、さまざまな機関に足を運び、問い合わせをしながら関連情報をまとめた驚異的な仕事である。

 一つ一つの事件や人物について、史料を発掘し、関係者から聴き取りを行って事実を確定してゆく。その当たり前の態度が、戦後の歴史学では尊重されなかった。日本の侵略行為に対する批判を過度に強調する、左派のイデオロギーによる支配が、長いあいだ続いていたのである。

 その状況で秦が独自の歴史研究を達成できたのはなぜか。この回想インタビュー(聞き手=笹森春樹)を読むと、その背景がよくわかる。戦時下の少年時代に戦果の報道を丹念に記録し、大本営発表を疑っていたこと。東大での丸山眞男や岡義武といった師との出会い。学生時代からの、旧軍人へのインタビューの作業。そうした積み重ねが、すぐれた「歴史鑑定人」を育てあげた。

 その努力の成果が助けとなって、現在では実証的な昭和政治・外交史の研究も盛んになっている。しかし今度は、たとえば南京事件をめぐって、虐殺行為がなかったと強弁するような「ポスト真実」の主張が、現在、右側のジャーナリズムやインターネット世論にあふれている。地道な歴史研究は、時に感情的な非難を浴び、権力からの抑圧も受ける困難な仕事である。

 それを支えたのは、正確さを追究するだけでなく、歴史叙述の物語性を楽しもうとする態度だろう。北朝鮮を訪問し、その空軍の実状を日本に伝えたことが金日成主席から高く評価されたという逸話は、読んでいるこちらもにやりとしてしまう。歴史を取り扱うには精神の余裕が大事だということを、改めて実感する。

 ◇はた・いくひこ=1932年、山口県生まれ。現代史家。『明と暗のノモンハン戦史』で毎日出版文化賞。

 中央公論新社 2100円

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37676 0 書評 2018/08/27 05:26:00 2018/08/27 05:26:00 秦邦彦著「実証史学への道」(13日、読売新聞東京本社で)=稲垣政則撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180820-OYT8I50011-T.jpg?type=thumbnail

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