評・服部文祥(登山家・作家)

『ある世捨て人の物語』 マイケル・フィンケル著

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「ある世捨て人の物語 誰にも知られず森で27年間暮らした男」マイケル・フェンケル(17日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影
「ある世捨て人の物語 誰にも知られず森で27年間暮らした男」マイケル・フェンケル(17日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影

ただ一人でいたい

 会話はもちろん、家族や他人とまったく関わることなく、孤独な時間を連続でどのくらい過ごしたことがあるだろうか。私は単独行を好んでおこなうが、登山中に誰にも会わない連続した時間はせいぜい10日ほどしか経験したことがない。本書は27年間、誰とも関わらず生きていた男のノンフィクションである。

 アメリカ東海岸最北部、メイン州の森に隠遁いんとんした27年間を、本人が特に語りたいと思っていないところが興味深い。山奥深く隠れていたのではなく、別荘地の森に、うまくひと目を避けられる地形を見つけたのが、隠遁者クリスにとっては幸運だった。周辺の別荘を注意深く観察し、二週間に一回ほどの割合で、無人の別荘や施設に侵入し、食糧や燃料、生活雑貨や書籍などを盗んで暮らし続けた。

 被害届が出され、空き巣は謎の隠遁者として地域のうわさになる。だがクリスは他人に見つからないように注意深く窃盗を続けた。加齢により身体能力が下がり出した頃、行きつけのキャンプ施設の食堂にハイテク監視機器が設置され、お縄となった。クリスの存在とその生活は、アメリカで大きな話題になった。面会や取材、支援の申し出が殺到する中、控えめな手紙で根気よくアプローチした著者だけが、短い面会とハガキ程度の交流をするようになる。

 クリスは、記録もつけず、暦も気にせず、ただ盗み、生活した。ソロクライマーや隠遁する思想家は、自意識や目的意識がある。だがクリスに欲はなく、孤独の生活で到達したのは、過去も未来もなく、永遠の現在にただ存在する、悟りのような境地だった。理解されたいとか、主張したいという欲望は皆無。ただそこにひとりでいたい、それだけ。

 社会的なアイデンティティを持ち、経済活動に参加して、勤勉に、些細ささいな夢を持って生きるのが本当に幸せなのか、揺さぶられる。宇丹貴代実訳。

 ◇Michael Finkel=米国在住のジャーナリスト。『ナショナルジオグラフィック』など各誌に寄稿。

 河出書房新社 1850円

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38441 0 書評 2018/09/03 05:26:00 2018/09/03 05:26:00 「ある世捨て人の物語 誰にも知られず森で27年間暮らした男」マイケル・フェンケル(17日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180827-OYT8I50019-T.jpg?type=thumbnail

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