『高坂正堯 戦後日本と現実主義』 服部龍二著

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「高坂正堯」(16日、東京本社で)
「高坂正堯」(16日、東京本社で)

慎慮あるバランサー

 「最も尊敬する国際政治学者は誰か」と問われれば、私は躊躇ちゅうちょなく高坂正堯こうさかまさたかと答える。なぜか。20年前、『高坂正堯著作集』(全8巻)が刊行された際、こう書評した。――その分析の背後には、人間存在と歴史への深い洞察があり、しなやかで成熟した相対的思考がある。責任意識の欠如した主張を排し、平易な文章で常に具体的政策を提示した。

 本書の著者は高坂を「節度あるバランサー」「慎慮しんりょあるバランサー」と実に巧みに表現している。高坂は「現実主義者」の旗手として論壇に登場したが、「理想主義者」にも十分な敬意を払い学ぼうとした。吉田茂の「商人的国際政治観」や「経済中心主義」路線を高く評価し従来の吉田像を一変させたが、決して吉田を神格化することはしなかった。

 著者は高坂に対し尊敬の念を抱きながらも、高坂の限界にもきちんと触れている。後知恵と批判されることも覚悟し、ニクソン訪中、ソ連のアフガン侵攻、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争などでの判断ミス、見通しの誤りに言及している。

 私がもっとも心かれたのは、教育者、人間としての高坂である。丹念で鋭利な学問分析とまったく違う筆致で描いている。門下生への限りない愛情、母時生ときおとの最後の電話などを紹介しつつ、自分は晩年の高坂を誤解していたという。

 40代で離婚、再婚しなかったことなどから家庭では孤独だったと推測していた。しかし、母と弟からは愛され続け、海上自衛隊に入った長男の成長を我がことのように喜び、初孫となる長女の子供には「堯」の一字を継いでもらった。徳は孤ならず、必ず隣ありということだろう。その筆は敬意と哀切に満ちている。

 そして著者は思う。「高坂の学問体系を単独で引き継ぐことは極めて難しい。高坂の死は、総合的な魅力ある学問としての国際政治学の死であった」と。「比類なきスケールを備えるオンリー・ワンの存在」を見事描き切った模範的伝記である。

 ◇はっとり・りゅうじ=1968年生まれ。中央大教授。専門は日本政治外交史。著書に『日中国交正常化』ほか多数。

 中公新書 1000円

無断転載禁止
51208 0 書評 2018/12/03 05:23:00 2018/12/03 05:23:00 「高坂正堯」(16日、東京本社で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181126-OYT8I50041-T.jpg?type=thumbnail

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