評・苅部直(政治学者・東京大教授)
『貴族院議長・徳川家達と明治立憲制』 原口大輔著
メモ入力
-最大400文字まで
完了しました

かつて「ねじれ国会」の状況が政治の停滞と混乱を招いたことは記憶に新しいだろう。権力分立の制度のもとで、各機関の意志がそれぞれ食い違ったらどうするか。議院内閣制を定めなかった帝国憲法のもとでは、へたをすると内閣・衆議院・貴族院の三者がにらみあい、国家権力が空中分解する危機すら招きかねなかった。
そこで調整役として、貴族院議長が大きな役割を果たしていたことを、この本は明らかにする。主役は明治の末から一九三〇年代の政党内閣期まで、長く議長を務めた徳川
明治維新によって、六歳で徳川宗家の当主にすえられたその人である。名門が突然に権力を失った悲劇の自覚と、同時に天皇と新政府が家を存続させてくれたことへの感謝。そんな複雑な思いを抱えた人物が、やがて成長し、近代の政治体制を支えることになる。その存在は、目立たないながらも貴重だったのである。(吉田書店、4000円)