『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』 ピーター・ゴドフリー=スミス著

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『タコの心身問題』(10日、社内で)=今野絵里撮影
『タコの心身問題』(10日、社内で)=今野絵里撮影

驚くべきその別世界

 子供の頃、祖父母の家が近かったこともあって、よく明石の港に出かけた。鮮魚店の立ち並ぶアーケードで目にしたのは、軒先で売られていたタコが脱走して隣の八百屋に逃げ込む姿。こうしたエピソードは珍しくないようで、電球に水を吹きかけてショートさせるタコ、水槽の流水弁を腕の先で触ってつまらせるタコ、その知能の高さはお墨付きだ。哲学が専門の著者は、海に潜ったときの経験をこう話す。「彼らのそばにいると、何かが通じ合ったと感じる」

『井深大』 武田徹著

 実際、タコの身体には五億個のニューロンが存在する。五億個といえば、犬と同程度だ。水槽に入れられたタコは、自分だけが閉じ込められているということがちゃんと分かるという。ただし、タコの神経系は脊椎動物のそれとは根本的に異なっている。ニューロンの多くが脳ではなく腕に分布しているのだ。吸盤ひとつあたりに、味覚と触覚をつかさどるニューロンが一万個はあるという。「腕を伸ばしてものをつかむ」という動作は腕だけでも可能なのだ。

 つまり脳という「中央の命令」だけでなく、腕という「現場の判断」も尊重されている身体。しかしそれだけなら驚くにはあたらない。人間の身体だって、たとえば歩く時の微妙な重心の移動は、肘や足の構造に根ざした現場の判断のなせる技だからだ。タコの驚くべきは、その現場たる身体が現場とは呼べないほどに流動的であること。タコの身体は常に変形し定まった形状がない。あるときはミサイルのような流線形になり、あるときは目より少し大きいくらいの穴を通り抜ける。つまり「経験知」を蓄積するような構造的土台がタコにはない。タコの身体は「非―身体化されている」と著者は言う。

 いったいタコであるとはどんな感じがするのだろう。著者はその主観的経験に迫る。しかしそもそも主観の定義が、我々とタコでは違うとしたら……。驚くべきその別世界ぶりに、ため息が止まらなかった。夏目大訳。

 ◇Peter Godfrey‐Smith=1965年シドニー生まれ。シドニー大教授。専門は哲学。練達のダイバーでもある。

 みすず書房 3000円

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54881 0 書評 2018/12/24 05:24:00 2018/12/24 05:24:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181218-OYT8I50037-T.jpg?type=thumbnail

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