評・加藤徹(中国文化学者・明治大教授)

『楊花飛ぶ 原采蘋評伝』 小谷喜久江著

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男装の女性遊歴詩人

 男装の女性漢詩人・原采蘋さいひん(1798~1859年)。もし彼女が歌人や俳人だったら、とっくに大河ドラマのヒロインになっていたろう。研究書や論文は前からあった。今回やっと、現代の女性研究者による、読みやすい評伝が出た。一般の知名度が高まると期待される。

 原采蘋は寛政年間、九州・秋月藩の儒者の娘として生まれた。当時、松平定信の寛政の改革で、朱子学以外の儒者は働きづらくなった。一方、各地の地方都市では、富裕層の教養人のあいだで学問の需要が高まった。儒者の中には、窮屈な宮仕えをやめて各地を遍歴し、滞在先で授業や漢詩作成の指導をして生計を立てる「遊歴詩人」も現れた。采蘋は父に激励され、時代に先駆けた女性遊歴詩人となった。当時の一流の漢学者たち、亀井昭陽しょうようや頼山陽、梁川星巌せいがん菅茶山かんちゃざんらとも交流し、詩才を認められた。

 江戸時代、女性の一人旅は危険だった。旅路の采蘋は男装だった。腰には太刀を差し、化粧はせず、髪は後ろでぐるぐるに巻いた。が、ふだんは身だしなみに気遣う魅力的な女性だった。中国伝来の楽器・月琴も上手だった。采蘋の容姿や話ぶりを見た漢学者・大槻磐渓ばんけいが「今の女性はではないか」と間違えたほどだった。

 采蘋は幕末までの「夜明け前」の時代を生きた。生涯独身を貫いたが、燃えるような恋愛もした。広島では、人目を忍んで密会した美しい一夜を漢詩に詠んだ。江戸では、妻帯者と恋愛関係になり、ドロドロとした恨みを詠んだ。旅先の美しい自然、出会い、そして美酒を愛した彼女の漢詩は、まさに「肉声」である。

 本書のタイトルは、彼女が詠んだ漢詩の句「跡は楊花ようかの風にりて飛ぶに似たり」(私の足跡は柳の綿毛が風に乗って飛んでゆくのに似ています)から採っている。

 さあ、作家や漫画家、クリエイターのみなさん。書店に急ぎましょう。彼女をヒロインとした作品を誰が書くか。早い者勝ちですよ。

 ◇こたに・きくえ=1947年、千葉県生まれ。著書に『女性漢詩人 原采蘋 詩と生涯』など。

 九夏社 2400円

無断転載禁止
296920 0 書評 2019/01/28 05:25:00 2019/01/28 05:25:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190121-OYT8I50061-T.jpg?type=thumbnail

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