鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史 片山杜秀著…講談社 3200円

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言葉で音楽が響く…評・苅部直(政治学者 東京大教授)

◇かたやま・もりひで=1963年生まれ。音楽評論家、政治思想史研究者。慶応大教授。近著に『平成精神史』。
◇かたやま・もりひで=1963年生まれ。音楽評論家、政治思想史研究者。慶応大教授。近著に『平成精神史』。

 かつて作家、石川淳がこう言っているのを読んだ記憶がある。言葉も音楽も音で構成されているから、音楽について書くのはむずかしい。たしかにこの文豪が言うように、使われる音階やリズムを分析するだけでは、作品の全体としての特徴が表現できない。「ベートーヴェンの運命はジャジャジャジャーンと響く」といった書き方をいつも使えるわけでもない。

 だがまれに、音楽を言葉で言い表すのにたけた人が出現する。片山杜秀はまちがいなくその一人である。たとえば戦後に活躍した作曲家、松村禎三の作品について、芥川也寸志のそれと比べて語った一節。「松村の場合は、同じ音程の動き具合を、もっとゆっくりとフリー・リズム気味に、粘着するように、くどくどと、じめじめと、じわじわと、ねちねちと、音価を自在に伸縮させながら、引き延ばしてゆくのです」。

 ここでは片山の言葉がほとんど音楽そのものになって、その響きを耳にするような気分にさせる。それは近代の日本において西洋音楽を受容し、みずから作曲を試みた音楽家たちに対する、偏愛ゆえのものだろう。映画音楽や演劇との関係についても、該博な知識に基づいて生き生きと語っている。

 西洋の近代音楽は、神と人、第一主題と第二主題といった二元論に立脚する。それに対して、大正・昭和期の音楽家たちは、同時代のヨーロッパの潮流の影響も受けながら、多くの場合、「東洋」的・「日本」的な一元論でふんわりと統合される音楽をめざした。

 片山によれば、そのなかで特異な位置を占めるのは、三善晃である。第一章でその「予定調和なき引き裂かれた二元論」への固執を鮮烈に描いているが、冒頭でとりあげるのは何と、三善が作曲したテレビアニメ『赤毛のアン』の主題歌である。二十世紀の日本の現代音楽がもっていた、魅力と幅の広さ。それを味わうための、最良の入門書にもなっている。

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447369 0 書評 2019/02/17 05:00:00 2019/02/25 15:03:08 書評・「鬼子の歌」=冨田大介撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190216-OYT8I50025-T.jpg?type=thumbnail

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