アルシノエ二世 エリザベス・ドネリー・カーニー著…白水社 4400円

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ARSINOE¨ OF EGYPT AND MACEDON

女傑の壮絶な人生…評・宮下志朗(仏文学者 放送大客員教授)

◇Elizabeth Donnelly Carney=米クレムソン大教授。古代マケドニア女性史研究の第一人者。
◇Elizabeth Donnelly Carney=米クレムソン大教授。古代マケドニア女性史研究の第一人者。

 紀元前四世紀から三世紀にかけての話である。アレクサンドロス大王の死後、王国は後継者たちの戦争に突入する。当時の王権は、かなり極端な一夫多妻制が基本で、王位継承ルールも定まらず、息子や側近たちのあいだで、疑心暗鬼をまじえた血なまぐさい抗争が展開された。王権につながる女性は婚姻同盟の駒として、翻弄ほんろうされる運命にあった。

 だが、プトレマイオス朝の始祖、プトレマイオス一世の娘アルシノエ二世には、運命を主体的に切り開く強い意志があった。最初はトラキア王老リュシマコスの第三夫人として、三人の息子をもうけた。その後、内乱となり、リュシマコスが死ぬと、セレウコス朝の王位を簒奪さんだつした異母兄弟プトレマイオス・ケラウノスに求婚された。子供たちの将来を考えて結婚を承諾したのが大きな誤算で、息子二人が目の前で殺され、自身はそのまま追放された。

 壮絶な半生を経て、彼女は、「王朝を確固」とすべく、故郷エジプトに戻り、実弟のプトレマイオス二世との結婚という賭けに出た。異母兄弟ケラウノスとの結婚は悲劇に終わったが、敵対関係に終止符を打つべく、兄弟婚に賭けるという勇気には感嘆するしかない。王朝は安定し、彼女は政治面・軍事面でも積極的な役割を演じたという。

 まさに女傑ではないか。しかも、この兄弟婚を契機に、プトレマイオス朝のイメージ形成が進行していく。(ギリシアではタブーだった)兄弟姉妹婚が受け継がれ、アルシノエ二世を「愛弟女神」とした祭祀さいしが創出される。貨幣にも、弟王との二重像が、さらには王朝の「女性的記号」としての彼女の肖像が刻印されて、神格化がおこなわれる。

 王朝最後のクレオパトラ七世の冠にも、アルシノエ二世との同一化願望が読み取れるというから、彼女こそ、王朝を象徴している。慎重かつ大胆な推論、プルタルコスの著書なども活用された古代史ファン必読のドラマ。森谷公俊訳。

無断転載禁止
458766 0 書評 2019/02/24 05:00:00 2019/04/02 16:32:29 アルシノエ二世(15日、東京都千代田区で)=三浦邦彦撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/02/20190223-OYT8I50049-T.jpg?type=thumbnail

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