静寂と沈黙の歴史…アラン・コルバン著 藤原書店 2600円 

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研ぎ澄まされた官能美

 評・山内志朗(倫理学者 慶応大教授)

◇Alain Corbin=1936年生まれ。87年からパリ第1大教授として19世紀史の講座を担当。現在は名誉教授。
◇Alain Corbin=1936年生まれ。87年からパリ第1大教授として19世紀史の講座を担当。現在は名誉教授。

 美しい本だ。静寂と沈黙はとても官能的な世界だ。博学多識のアラン・コルバンが沈黙をめぐる歴史的展開を豊かに抒情じょじょう的に語っている。静寂と沈黙は同じ一つの言葉silenceだ。自然と人間とに対応するように訳しわけられている。

 沈黙と言えば、マックス・ピカート(1888~1965)の『沈黙の世界』も有名だが、両者は対極的だ。ピカートの本が形而上学けいじじょうがく的であるとすれば、コルバンの本は美的だ。

 静寂と沈黙は空疎ではない。濃厚な空間だ。だから、沈黙は親密さと不可分なのだ。だから恋人たちは沈黙を味方にして深く愛することができる。沈黙も対話だから。

 静寂は夜の時間を鮮やかに飾る。夜は耳の反響を増幅し、色の消失を補う。「聴覚は夜の感覚なのである」、一番好きなフレーズだ。静寂においては、感覚が研ぎ澄まされる。静寂の中で官能は現れる。

 宗教において、沈黙は神と結びつく関係の基礎である。スペインの情熱的神秘主義者、アビラの聖テレサ(1515~82)は、夜の瞬間に、沈黙の中で、「魂の耳」を通して、法悦において神に至ることができると述べた。

 静寂は音の不在ではない。静寂は音が無数に現れ出て来るための海だ。鳴り響く沈黙という考えは奇妙ではない。

 あらゆるものが語るのである。すべてが無限の空間において何かを誰かに語る。

 もちろん、美しく優しい沈黙ばかりではない。神の沈黙はあまりにも恐ろしく、悲劇的なことと見なされ、つまずきの石ともなり、絶望を生んできた。なぜ、世界の大惨事、大虐殺においても神は沈黙し続けたのか。

 人間における沈黙にも重く苦いものもある。憎悪の沈黙がそうだ。

 沈黙も静寂もきわめて多様であり、人間生活の隅々にまで染み込んでいる。隠れた濃厚な世界を教えてくれる。訳文も読みやすい。美しさと豊かさを伝えてくれる好著である。小倉孝誠、中川真知子訳。

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492934 0 書評 2019/03/17 05:00:00 2019/03/25 10:58:39 書評用(11日、本社で)=吉川綾美撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/03/20190316-OYT8I50043-T.jpg?type=thumbnail

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