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古典、話題作 幅広く
評・宮部みゆき(作家)

ユートピアとは、トーマス・モアの小説の題名に由来する造語で、「どこにも存在しない理想の社会」を意味している。一方、その反対語として使われているディストピアは、フィクションの中には
フィクションに限っては、人はユートピアよりもディストピアが好きだ。その心理は、ホラー小説や絶叫マシンを楽しむ心理に似ているのかもしれない。エンタテイメントとして「死」を疑似体験することで、私たちは命の価値を
本書は四百ページを超える大著だ。分析と評論の対象とされているディストピア・フィクションは、小説では古典の『一九八四年』から『図書館戦争』『わたしを離さないで』『カエルの楽園』など近年の話題作までと幅広く、短編にも目配りしている。映画では「メトロポリス」「ブレードランナー」から「君の名は。」「ズートピア」「シン・ゴジラ」――「ズートピア」のどこにディストピア要素があるの?と、謎解きミステリーを読むような興味をかき立てられる。膨大な数の作品が登場するので、(実際に私はそうしたのだが)本書を読んでから逆戻りで実作に触れることも多くなるだろう。つまり、本書は優れたエンタテイメント・ガイドでもある。一度通読するだけで終わらず、折々に読み返して糧となり、何より「面白い!」評論集だ。