夏物語…川上未映子著

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文芸春秋 1800円
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産む意志をめぐる問い

 評・尾崎真理子(本社編集委員)

 芥川賞に選ばれた女性作家の受賞作には、やがて顕在化する社会の難問が、硬い種子のように宿っていることが多い。

 川上未映子の受賞作『ちちらん』(2008年)はその好例だった。大阪育ちの主人公・夏子、9歳上の姉・巻子とその娘で小6の緑子が、女というれ物に入って生きていく理不尽を、真夏の東京で痛快にぶつけ合った。その『乳と卵』を本作の第一部として詳細に語り直し、倍以上長い第二部で3人の現在を伝える。豊胸願望にとりつかれていた巻子は48歳、緑子は大学生。夏子は40歳を控え、念願の物書きになれたものの長編を書きあぐねており、精子提供を利用して出産しようと思い詰めている。

 〈相手のいない人間は、自分の子どもに会う権利って最初からないんでしょうか〉と問う夏子。〈抱きあう必要もない。必要なのはわたしらの意志だけ(中略)いい時代になった〉と、彼女を励ますシングル・マザー。一方には産むことの罪悪を説く女、なんとか産ませたい男。作中人物たちはさかんに意見を戦わすが、恋愛より、単体生殖を夢見る流れは止まらない。AID(非配偶者間人工授精)で生を受け、父親は誰?と苦しみ続ける男女も登場する。技術先行で感情も環境も追いつかない時代の当事者として、夏子は東京でひとり消耗していく。

 〈さきに語りがあるんだな、目的として〉と、文章を評価される夏子に、作者の個性も重なる。夏子が身内と交わす話し言葉、すなわち川上の大阪弁による書き言葉の、なんと表情の豊かなことか。倫理と詩情がせめぎ合い、語りの強さは、時に積み上げた論を押し流しそうになる。

 〈痩せた野良犬や割れたビール瓶、道路に吐き捨てられたガムや変色した布団、積まれたままのどんぶり茶碗、遠くで聞こえる怒声〉

 それでもなぜ、人は生まれてくるのだろう。路面の情景の中に、しばしたたずんでいたくなる。

 ◇かわかみ・みえこ=1976年、大阪府生まれ。詩集『水瓶』で高見順賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞受賞。

無断転載禁止
711912 0 書評 2019/07/28 05:00:00 2019/08/05 10:58:31 夏物語(19日、読売新聞東京本社で)=萩本朋子撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/07/20190727-OYT8I50033-T.jpg?type=thumbnail

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