〈島〉の科学者…坂野徹著

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はるかなる南洋の島々

 評・三中信宏(進化生物学者)

勁草書房 4700円
勁草書房 4700円

 20世紀前半、両世界大戦にはさまれた時代の日本は北太平洋の島々にその版図を急速にひろげていった。はるかなる南洋へと旅立った多くの日本人の中には科学者も含まれていた。本書は、第1次世界大戦中の1914年に日本が無血占領によって得たパラオ諸島を舞台に、日本の国策的“南進”の一環として第2次世界大戦中までパラオで活動した科学者たちに光を当てた初めての本だ。

 日本学術振興会の肝煎りで1935年に開所された「パラオ熱帯生物研究所」がこの地域の科学研究を支えた。この研究所は、世界最先端のサンゴ礁研究の中心となった。著者は、はるばるパラオに来た研究者たちの経歴を丹念にあとづけしながら、彼ら所員の渡航の契機、島での研究生活の苦労と楽しみ、そして太平洋戦争へとなだれ込んでいく時代の匂いまでも復元する。

 当時のパラオには、外部の研究者たちも生物学・人類学・考古学などの調査に訪れた。たとえば今西錦司をリーダーとするポナペ調査隊活動もそのひとつだった。日本領最前線への“科学的踏査”を求める学問・政治・経済などさまざまな動機づけがあったことがわかる。

 41年の太平洋戦争勃発後は日本を取り巻く社会情勢が大きく変わり、パラオ熱帯生物研究所は43年に閉鎖された。所属の科学者たちも散り散りになり、敗戦まで戦地を転々とした。

 読者は仄暗ほのぐらい迷路のような歴史の洞窟を著者にいざなわれながら手探りで進む。今にも散逸しかねない史料や証言を丹念に紡ぎ合わせなければ本書のストーリーはできあがらなかっただろう。そして、戦後、パラオ関係者の多くが幽明界ゆうめいさかいことにしたまさにその黄昏たそがれ時に、宮崎は佐土原島津家の末裔まつえいである元所員・島津久健が沈黙と忘却のふちから一瞬のスポットライトを浴びて舞台に躍り出る本書の結末は、さまざまな人物によってつむがれたこの壮大な歴史物語の感動的なエンディングだ。

 ◇さかの・とおる=1961年生まれ。日本大教授。専攻は科学史・科学論。著書に『帝国日本と人類学者』など。

無断転載禁止
723854 0 書評 2019/08/04 05:00:00 2019/08/13 10:29:07 『<島>の科学者』 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/08/20190803-OYT8I50030-T.jpg?type=thumbnail

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