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悩みと向き合うために
評・鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)

じっくりと話を聴いてもらった。本書はそんな満足感を醸し出す。
著者は、精神科医・産業医として、患者が治療を受けながら働き続けられる社会環境の整備に長年携わる。その豊かな経験をベースに書かれた本書は、一見すると医療関係者向けのマニュアルのようだ。
しかし、決してそうではない。
精神医療だけではなく、私たちが話を聴き、聴いてもらう、いつもの暮らしにも役に立つ。
私たちの家族が、友人や同僚が、あるいは、私たち自身が何かに悩み困った時に、どうすればいいのか。10のセオリーは、そんな時に自前で解決するためのきっかけを示す。
まずは「口は一つに、耳二つ」、つまり「自分が話すのみではなく、相手の話をその倍ほど聴ける仕組みを携えている」点が挙がる。
受容と共感が基本であり、理解を急がない姿勢の大切さが強調される。そのためには、心の「専門家」として接するのではなく、状況をありのまま受け入れる必要がある。人と人とが向き合う時には、お互いの心のベクトルと距離が鍵になる。
医師2年目だった著者に男性があごの痛みを訴えた。専門用語だらけの治療方針を伝えられた男性は再診に現れず、治療を続けられなくなる。著者は自らの「過信と慢心」を猛省し、「何を」説明するのかよりも、「どんな」態度で話を聴いたのか、その共同作業の大切さを痛感する。
10のセオリーは、ぜひ直接本書で確かめてほしい。そこには私たちが悩みや痛みを聴き、理解し、伝える営みの在り方が記されている。それらは「共に在る人からの声や便り」としてあらわれる。
心の治療は長距離を伴走するマラソンにたとえられる。途上で、話を聴いたり、聴いてもらったりを繰りかえす。「新型うつ病」という用語が広まり、成人の発達障害をはじめ、メンタルヘルスに注目が集まる今だからこそ、本書を通して人と人との原点を見つめたい。
◇こやま・ふみひこ=東邦大産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。著書に『ココロブルーと脳ブルー』など。