黄金夜界 橋本治著…中央公論新社 1700円

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◇はしもと・おさむ=1948年、東京都生まれ。著書に、『窯変(ようへん)源氏物語』など。1月に70歳で死去。
◇はしもと・おさむ=1948年、東京都生まれ。著書に、『窯変(ようへん)源氏物語』など。1月に70歳で死去。

現代人の心の空洞映す

 評・苅部 直 政治学者・東京大教授

 尾崎紅葉の『金色夜叉こんじきやしゃ』は、一八九七年から足かけ六年にわたり読売新聞に連載されたが、作者の病気によって未完に終わった。『黄金夜界』は、時空を二十一世紀の東京に移しかえて、この名作のあらすじを再演してみせる。原作の百二十年後に本紙での連載が始まり、しくも作者の最後の長篇ちょうへん小説となったが、こちらはみごとに完結している。

 ヒロインの美也が結婚する相手は、原作の富豪の息子ではなくIT長者。しかも結婚前からすでにファッション誌の女子大生モデルとして活躍し、自立できる経済基盤をもっていた。そして美也が別れた恋人、貫一はやはり東大生であるが、別離の衝撃をうけ、身を落として働く先は「ブラック企業」の居酒屋チェーン。いかにも現代のIT化や格差社会を反映した設定である。

 だがもっとも大きく異なるのは、彼らの心のありさまだろう。美也がIT長者との結婚に走るのは、没落しかかった親を助けるためではなく、自信がもてず、他人の言葉に従うことで自分を変えようと思ったからである。同じような「空洞」を貫一もまた抱え続ける。ぎこちないすれ違いによって別れた結果、二人とも他人の視線や、人間関係のぬくもりをおそれ、避けるようになってしまった。

 貫一が起業した小さなメンチカツ専門店――客との交流は最小限に抑えられる――で、彼らは原作ではなしえなかった再会をはたすが、悲しい結末を迎えることになる。そうした展開から伝わってくるのは、現代の世の中に対する、アイロニーに満ちた視線にほかならない。

 表面だけがきらびやかで、その奥に茫漠ぼうばくとした孤独が潜んでいるこの時代。小説の冒頭にも結末にも、高層階から眺めた東京の夜景が舞台として描かれる。そこにはビル街の窓の光が無数にともっているが、その周りに広がる闇はかぎりなく深い。

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747554 0 書評 2019/08/18 05:00:00 2019/08/26 10:29:06 [書評] 「黄金夜界」 橋本治(5日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/08/20190817-OYT8I50046-T.jpg?type=thumbnail

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