<内在の哲学>へ 近藤和敬著 青土社 3600円

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古代からの展開を描く

評・山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

◇こんどう・かずのり=1979年生まれ。大阪大大学院博士課程単位取得退学。鹿児島大准教授、哲学者。
◇こんどう・かずのり=1979年生まれ。大阪大大学院博士課程単位取得退学。鹿児島大准教授、哲学者。

 現代思想は何を目指しているのか、ときどきモヤモヤした感じがする。だが、本書は違う。現代の流れを根源的に問う。爽やかだ。難しいけれど、気分が高揚してくる。

 現代思想の配置は複雑だ。そういう状況で、本書は十九世紀から二十世紀にかけての全体像を俯瞰ふかんしようとする。ドゥルーズ、バディウ、メイヤスーといったフランス現代思想のスターの基本的枠組みが分かるのは得がたい。その中で、ジャン・カヴァイエス(一九〇三~四四)という四〇歳でナチスによって銃殺された哲学者の思想が特に熱く論じられる。

 現代思想は新しいだけの思想ではない。差異の哲学で知られるドゥルーズは、リサイクルの天才だ。まったく新しく、独創的なリサイクルになっている。

 著者は、ドゥルーズと、その論敵の人々の議論に焦点をあてる。

 本書のテーマは大きく分けて、「シミュラークル論」、「プラトニスムの転倒」、「問題の理論」である。簡単に説明するのは難しいが、本物と似ていない偽物の価値、善悪二元論的なプラトンのイデア論とは異なる枠組み、問題の解答は最初の状態に潜んでいること、とでもいえば、その感じはつかめるだろう。

 「内在」ということが本書の中心テーマだ。この概念を切り口にして、古代からの哲学の展開が鮮やかに描き出される。

 「内在」とは何か。境界の中とか、容器の中に入っていることではない。内部と外部に分けた上での「内在」は相対的なものだと著者は述べる。「純粋内在」が真の内在なのだ。

 「内在」とは内側にあることではない。境界もなく、異質なものと隣接していることだ。内と外の区分を超越して、異質なものとの接触として絶対的な内在を語るのである。

 主客未分を唱えた京都学派の哲学者・西田幾多郎の「純粋経験」とも近い発想だ。現代思想は面白いじゃないか、と思える刺激的な本だ。

無断転載禁止
807756 0 書評 2019/09/22 05:00:00 2019/09/30 17:04:36 内在の哲学へ(13日)=飯島啓太撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/09/20190921-OYT8I50058-T.jpg?type=thumbnail

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