生きもの民俗誌…野本寛一著

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膨大な動物伝承に光

評・三中信宏(進化生物学者)

昭和堂 6500円
昭和堂 6500円

 評者は第2次世界大戦中に長野で出版された柳田國男・倉田一郎著『分類山村語彙ごい』(信濃教育會、1941年)という民俗学の語彙集を手にしたことがある。昭和初期の山村生活を語るさまざまな語彙の背後には、今はもう失われた山々の自然環境とそこに棲息せいそくした動植物の民俗世界が広がっていた。民俗学は地に根ざしたローカルな知識の集積に光を当てる。とりわけ、動植物に関わる民俗は、ある地域に生きる人間と生きものたちの間に永続的で密接な関係があったことを如実に示す。

 本書は著者が長年にわたって蒐集しゅうしゅうした日本各地の動物に関する膨大な言い伝えをまとめた大著だ。明治から昭和に至る時代に生きた数多くの人々の証言の総体は大きな伝承知識体系をかたちづくっている。700ページにも及ぶ本書の冒頭を飾る短い序章「天城山麓のムラから」は人間―生物―環境が織りなす世界を生き生きと描き出している。評者はすっかり魅了されてしまった。

 続く第I章「獣」では昔も今も人間にとって身近な動物が取り上げられる。シカ・クマ・イノシシの3種だけで計300頁に及ぶ。彼らは、生きものでありながら、貴重な食料であると同時に崇拝対象としての霊性も帯びていた。第2章「鳥」では、ツバメは害虫をせっせと食べる益鳥だったが、ツルは田んぼのあぜを踏み壊す害鳥とみなされていたそうだ。以下、第3章「蛇」、第4章「魚・貝」、そして第V章「昆虫」と続く。生きものをめぐる民話と禁忌はかぎりなくリアルで奥深い。異なる地域に類似の伝承が分布するという事実は文化進化的にも興味深い。

 身近な動物たちが人間にとってどのような害益をもたらすのかは、地域生態系の中での食物連鎖の様相や環境変動の動態と深く関わっている。著者が終章「旅の終わりに」で指摘するとおり、自然環境の崩壊が進む現代に生きるわれわれにとって、日本人が長年にわたって育んできた民俗生物観は今ふたたび見直すべき価値がある。

 ◇のもと・かんいち=1937年静岡県生まれ。民俗学者。近畿大名誉教授。

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878201 0 書評 2019/11/03 05:00:00 2019/11/03 05:00:00 書評用「生きもの民俗誌」(10月24日、本社で)=今野絵里撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191102-OYT8I50026-T.jpg?type=thumbnail

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