海をめぐる対話 ハワイと日本…小川真和子著

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塙書房 2300円
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知られざる貢献を発掘

 評・森 健 ジャーナリスト・専修大非常勤講師

 海外旅行でいまも人気の高いハワイ。昨年日本人移民150周年を迎えたが、この地で日本人の「海の民」が水産業を育てたことはあまり知られていないだろう。本書はハワイにおけるそんな日本人の水産業の歴史を掘り起こした。

 「元年者」と称される最初のハワイ移民は明治元年(1868年)の150人。その後、官約移民で山口県や和歌山県などから多くの人が移住。当時のハワイ(当初は王国。米準州を経て州へ)は自給自足的な漁業だったが、和歌山から来た男性らが大量にって大量に売りさばく近代的漁業へと転換。集魚灯を使い、マグロ延縄はえなわ漁法を取り入れ、ガソリンエンジンを漁船に導入。漁業会社を設立する者も現れた。1917年には約25万人のハワイの人口のうち、日本人だけで10万人以上になっていた。

 20年代にはハワイの漁業は日本人の独占状態になり、ツナ缶詰など水産加工業も発展した。だが、日本人の興隆に準州や米連邦政府は反発。外国人の漁労を制限する法案を度々出すなど、次第に日本人を排除する政治の動きが表面化していく。30年代には連邦政府は非市民の漁獲に課税し、米市民のみ漁船を所有、操業できる法を制定した。

 そして真珠湾攻撃。戦争が始まると日本人の中心人物は強制収容所に送られた。水産加工業者は軍需産業用に転化するなどしたが、総じてハワイの漁業は壊滅することになった。この時期の日本人がいかに大変だったかは、調査でも「沈黙」が多かったことから明かされる。

 戦後、ハワイの水産業復活にまた日本人が立ち上がる。今度の中心は沖縄の人たちだった。

 著者は公文書も含めた丁寧な調査から、ハワイでの日本人の漁業での貢献や歩みを描き出した。その歩みには創意工夫や困難の克服など日本人らしさがうかがえる。読者は、あの島々にこれだけの埋もれたストーリーがあったことに驚きと静かな誇りを感じられるだろう。

 ◇おがわ・まなこ=ハワイ大アメリカ研究学部大学院博士課程修了。水産大学校准教授を経て、立命館大教授。

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890639 0 書評 2019/11/10 05:00:00 2019/11/18 11:00:22 書評 海をめぐる対話(ダイアローグ) ハワイと日本(30日、東京都千代田区で)=川口正峰撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191109-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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