大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件…カーク・ウォレス・ジョンソン著 化学同人 2800円

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盗まれた羽根の行方

 評・三中信宏(進化生物学者)

◇Kirk Wallace Johnson=米国の文筆家。イラク戦争と難民救済活動の体験をつづった著書がある。
◇Kirk Wallace Johnson=米国の文筆家。イラク戦争と難民救済活動の体験をつづった著書がある。

 本書は稀有けうの盗難事件を取り上げたノンフィクションだ。舞台はロンドン郊外のトリングにある鳥類コレクションを集めた大英自然史博物館分館。盗難犯エドウィン・リストは、真夜中にこのトリング博物館に侵入し、数々の貴重な鳥類標本を標本庫の引き出しから盗み出した。以前、評者はある博物館のバックヤードで鳥の「仮剥製はくせい標本」を見せてもらったことがある。展示室で一般公開される「本剥製標本」は生前の外観を模してきちんと整形処理されているが、科学研究用資料である仮剥製標本は引き出しの中に無造作に並べられているだけだ。その仮剥製標本が狙われた。

 プロのフルート奏者を目指していたリストはなぜこんな窃盗に手を染めたのか。本書のストーリー展開はここから意外な方向に急展開していく。盗まれた鳥の羽根はフライ・フィッシング用の毛針(フライ)の製作に用いられたのだ。幼少時から毛針づくりに天性の才能をもっていたリストは、ある伝説の毛針に欠かせないが、現在ではもはや入手不能な鳥の羽根を手に入れるため博物館に侵入した。著者は毛針製作者の地下ネットワークに入り込み、ときに高額で取引される珍奇なフライのもつ魅力と魔力を存分に描き出す。傑出した毛針製作者は魚釣りそのものに興味があるわけでは必ずしもない。究極の毛針をつくること自体が目的となる。

 方向の異なるふたつの“蒐集慾しゅうしゅうよく”のぶつかり合いが本書のおもしろさだ。近代的な自然史博物館は生物多様性の科学的解明を目的として生きものを蒐集し、多様な動植物を知り尽くすためにコレクションを蓄え続ける。一方、昔ながらの毛針製作者は稀少きしょうな素材を用いて自らが理想とする毛針のコレクションを完成させようとする。両者ともコレクションを蒐集しようとする並外れた偏愛ぶりでは何のちがいもない。人間にとって蒐集は根源的な“業”である。矢野真千子訳。

 

 <注>原題はThe Feather Thief

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902699 0 書評 2019/11/17 05:00:00 2019/11/25 14:41:17 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191116-OYT8I50029-T.jpg?type=thumbnail

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