人間…又吉直樹著 毎日新聞出版 1400円

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つくられる立体的な像

 評・坂井豊貴(経済学者 慶応大教授)

◇またよし・なおき=1980年生まれ。作家、芸人。お笑いコンビ「ピース」として活動。『火花』で芥川賞。
◇またよし・なおき=1980年生まれ。作家、芸人。お笑いコンビ「ピース」として活動。『火花』で芥川賞。

 人間が新しいものを作ることを創作という。作るものが文章や絵のように、精神の挙動を表すものであれば、その創作は表現と呼ばれる。

 文章と絵を生業とする永山は、あるとき旧友からメールを受け取る。そして因縁ある同業の仲野が、浅はかな騒ぎを起こしたことを知る。昔、永山と仲野は、表現を志す若者の共同ハウスで暮らしていた。永山にはその頃に苦い思い出がある。自分の作品に、他者から不本意に侵入されるような事件があったのだ。それはいまもどこか傷として残っている。

 騒ぎとは、仲野が影島という芸人を嘲笑するような記事を書き、本人から猛烈に反論されたことだ。影島は仲野の論は底が浅く、誰の声も聴こえてこないという。影島は「おまえってフィクション?」と問いかける。影島の長大な反論はこの小説の一つのハイライトだが、すさまじい勢いである。影島は永山と一対になっているようなところがあり、影島の声を通じて永山は新たな表現に挑むことになる。

 像の立体性とでもいうものが、本作の一つのテーゼとなろう。複数の声が、左右のスピーカーから流れる音のように、立体的な像を立ち上げるのだ。その対極にある仲野の論は一面的で、世界の排他的な見方を提示するにすぎない。そうした人間の姿勢を、影島は「想像力と優しさが欠落したただの豚だ」といい、永山は「僕達は人間をやるのが下手なのではないか」という。

 本作には太宰治の『人間失格』にある「お化けの絵」という言葉が出てくる。その小説で主人公は、友人がゴッホの自画像を「お化けの絵」と素直に言い表したのを聞き、心に偽りのない創作に向かおうとする。おそらくは本作こそが、著者にとっての「お化けの絵」なのだろう。だからこの本は一瞥いちべつするような読み方には向いていない。私は最初に読んだときと二回目では、まるで異なる印象を受けた。その差異をもってこの小説の像は立ち上げねばなるまい。

無断転載禁止
902702 0 書評 2019/11/17 05:00:00 2019/11/25 14:41:49 『人間』 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191116-OYT8I50030-T.jpg?type=thumbnail

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