奔る男…堂場瞬一著 中央公論新社 1500円

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そこまでして走る理由

評・本郷恵子(中世史学者、東京大教授)

◇どうば・しゅんいち=1963年生まれ。『8年』で小説すばる新人賞。著書に『刑事・鳴沢了』シリーズなど。
◇どうば・しゅんいち=1963年生まれ。『8年』で小説すばる新人賞。著書に『刑事・鳴沢了』シリーズなど。

 いけないとわかってはいるのだが、運動する習慣が身につかず、むやみに走ったり、泳いだり、登ったりする人たちの気持ちがわからない。だが、この小説の主人公金栗四三かなくりしそうは終始一貫走っている。走る舞台は3度のオリンピック、1912年のストックホルム、20年のアントワープ、24年のパリだ。

 金栗は東京高等師範学校で学び、教師を目指していた。走るのが好きだし得意だが、競技での勝利や記録の樹立を第一義とするタイプではない。しかし、羽田で開催された予選会で、思いがけず世界新記録を出したために、日本人選手として初めて五輪に参加することになった。生涯を通じてマラソンの普及につとめて「日本マラソンの父」と呼ばれ、今年の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピックばなし~」の前半の主人公でもある。

 近年の選手たちが、機能性の高い用具やウエアを使用し、競技に専念するためにさまざまなサポート体制を整えているのに比べ、黎明れいめい期のマラソンおよび日本人の国際大会への参加をとりまく状況は、驚くほど雑だ。足裏の感覚にこだわる金栗は足袋を履いて走る。硬い舗装路や石畳に対応するために、何重にも底を補強しているが、それでも足袋が最後までもちこたえられるかどうか不安がつきまとう。体調を崩した同行者の介抱や、宿舎の手配まで担う。

 金栗は走りながらずっと考えている。追い抜く選手と無言の会話を交わし、来し方行く末に思いをせる。走ることは思索することと同義で、ほとんど哲学的な行為のようにみえる。

 読んでいる私も、金栗と一緒に走っているような気分になる。視界が上下に揺れ、周囲の風景がぼやけてくる感じだ。金栗はパリで、ある日本人青年に出会う。フランス語が達者で、演劇の勉強をしているという彼は、私が知りたかったことをたずねてくれる。「そこまでして走る理由は何なんですか?」

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914593 0 書評 2019/11/24 05:00:00 2019/12/02 10:29:48 奔る男(15日午後10時43分)=三浦邦彦撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/11/20191123-OYT8I50040-T.jpg?type=thumbnail

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