非行少年を支えた理由
評・森健(ジャーナリスト、専修大非常勤講師)
◇あきやま・ちか=1980年生まれ。東京都出身。ジャーナリスト。著書に『戸籍のない日本人』など。 お腹が空くと、いい知恵は浮かばず、悪さばかり考える。ならば、ご飯を食べさせれば、更生につながるのではないか――。そんな考えで非行少年・少女や困難を抱える成人に無償で食事をふるまってきた80代の女性が広島にいる。
非行少年の更生支援をする保護司を30年務めた中本忠子さん。食事の提供は40年近く続けてきた。そんな活動が評価され、近年吉川英治文化賞など複数の賞を受賞してきた。活動の様子はNHKで「ばっちゃん」として放映もされた。誰もが認める功績だが、活動の動機については謎のままで、彼女は語ってこなかった。
本書は女性ジャーナリストが、そんな中本さんの周囲の人たちを描きながら、次第に彼女の本質に迫っていったルポルタージュである。
広島市中心部の基町アパート。中本さんの拠点には朝に夜に問題を抱えた子どもや大人がやってくる。薬物中毒、アルコール依存、DV。小学生の頃、覚せい剤を打たれたことがある青年もいれば、同時期にそれぞれ逮捕され、検察庁で鉢合わせした親子もいる。そんな彼らに中本さんは理由は聞かず、温かい食事を提供する。卵焼き、味噌汁、カツ丼。「うまいわ、おかわり!」。彼らも次第に心を開いていく。中本さんは「親に殴られるけえ、ここに住ませて」と懇願した少年たちと一緒に暮らしたこともある。
著者はそんな中本さんに惹かれ、取材を重ねる。と同時に、彼女が語らない過去にも関心を覚える。彼女の三男も母の報道に「これは嘘、これも嘘、冗談じゃろう」と言う。非行少年を支えてきた思いの源泉は何なのか。著者は彼女の過去を遡る取材に踏み出していく。丁寧に耳を傾けているからだろう、取材相手が自分から大事な話を語っていく展開も見てとれる。
貧困や依存など現代の問題を活写する前半を経て、戦後の中本さんの歩みを描く後半へ。ばっちゃんの人知れぬ思いに辿り着くとき、読者も紆余曲折を経た人生の慈愛に気づくだろう。