最後の楽園 服部まゆみ全短編集 服部まゆみ著 河出書房新社 3800円

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絢爛な陶酔を誘う妖花

評・栩木伸明(アイルランド文学者 早稲田大教授)

◇はっとり・まゆみ=1948~2007年。東京都生まれ。小説家、版画家。著書に『この闇と光』など。
◇はっとり・まゆみ=1948~2007年。東京都生まれ。小説家、版画家。著書に『この闇と光』など。

 寡作だった「ゴシック・ミステリ」作家にとって、短編小説は実験の場だった。没後12年を機に、アンソロジーや雑誌の片隅に埋もれていた17編を集大成した分厚いこの本を読むと、ドラキュラやおおかみ男にささげられたオマージュ、金田一耕助を主人公とするパスティーシュ、一輪の薔薇ばらのつぶやき、ゾンビが語る物語など、じつに多彩な試みが行われていたことがわかる。

 アナグラム、密室、一人二役などのトリックをちりばめたミステリは、読者が見たいものをちらつかせて巧みに誘導する。そのあげく、最後のページにたどりついたぼくたちは、真犯人が誰かに気づき、だまされたと思う。だがもちろん、推理小説の愉悦はその先にある。読者は、結末から返し読みするうちに浮かび上がる、見逃していた世界をこそ確かめたいのだから。

 たとえば「葡萄酒ぶどうしゅの色」を返し読みすると、読み飛ばしていた草花の名前が、秘めた恋の切なさと危うさを隠していたことに思い当たる。読み手ははっとして、それまで信じていた先入観をかなぐり捨てる。推理小説はぼくたちの精神を解き放つ装置なのだ。

 ただし、この本の真ん中に据えられた中編「桜」はおきて破りである。結末部分で語り手が、「ミステリ」というジャンルの制約を逆手に取って、読者を故意に戸惑わせるからだ。その一方で、「怪奇クラブの殺人」に登場する怪奇博物館の館長は、「どんなジャンルにも優れたものと下らぬものがある。優劣はその個々にあって、ジャンルにではないんだよ」と語る。小説家が抱いていた矜持きょうじがかいま見える一言である。

 本書の表紙は著者の絵で飾られている。服部まゆみはそもそも銅版画家として出発した人。ちょうが舞うケシ畑の背後から巨大な月がのぞくその装画を、彼女のデビュー作『時のアラベスク』のタイトルをもじって、琳派りんぱ風アラベスクと呼びたくなった。静謐せいひつにして絢爛けんらんな陶酔を誘う妖花たちは小説世界を映す鏡に似ている。

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1044521 0 書評 2020/02/09 05:00:00 2020/02/17 10:41:16 書評(24日、読売新聞東京本社で)=稲垣政則撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/02/20200208-OYT8I50028-T.jpg?type=thumbnail

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