北岳山小屋物語 樋口明雄著 山と渓谷社 1400円

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かくも芳醇な世界

 評・仲野 徹(生命科学者 大阪大教授)

◇ひぐち・あきお=山梨県自然監視員。2008年刊の『約束の地』で日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞受賞。
◇ひぐち・あきお=山梨県自然監視員。2008年刊の『約束の地』で日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞受賞。

 山の本など興味ない、などと言うなかれ。かねて「山岳本にハズレなし」という合言葉を世に広めたいと思い続けているほどだ。

 「小さくても暖かな人間ドラマがあちこちにある」。本書の魅力はこの言葉に尽きる。日本第二の高峰・北岳にある五つの山小屋の主人を訪ねて書かれたノンフィクション、絶品だ。

 山小屋の人間ドラマとなると、登山者が主人公のケースが本流だろう。しかし、そんなドラマも「とにかく個性豊か」な山小屋の人たちが名脇役として支えなければ成り立たない。それよりも、山小屋での日常的なエピソードそのものがまるで珠玉の連作ドラマのようで、登山者が主役の王道山岳ドラマよりも味がある。

 「すべてを自分たちでやらなければならない」山小屋の生活は想像以上の厳しさだ。朝早く、いや、深夜といっていい時間帯から始まる毎日。一方で、そんなルーチンとは全く対照的な出来事、悪天候や山岳事故などが必発である。

 しかし、その運営は、求人広告を見て集まってきた少人数の若いアルバイトたちによる春から秋までの季節労働でまかなうしかない。うまくいくのが奇跡のような気さえする。

 「料理がちゃんとできる子は、だいたい何をやらせても上手」らしい。さまざまな仕事を分担させざるをえない山小屋ならではの結論だ。閉じた小さな場所であるからこそ見えてくる普遍的な事柄が数多くあるのには驚いた。

 山小屋で働く若者たちの「顔つきが、いつの間にか変わってくる」。そして、彼らの「人生観が百八十度、変わってくるはずだ」という。

 人里離れた場所で、限られた人間関係。同時に、非常識な登山者の相手をせねばならないこともあれば、命に関わる事故が身近に起きることもある。山小屋は、人間が自らを見つめながら成長するのにベストの場なのかもしれない。

 山小屋はかくも芳醇ほうじゅんな世界だったのか。この夏、どこかの小屋に行ってみたくなってきた。

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1067222 0 書評 2020/02/23 05:00:00 2020/03/02 10:26:34 北岳山小屋物語 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/02/20200222-OYT8I50038-T.jpg?type=thumbnail

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