甘夏とオリオン 増山実著 KADOKAWA 1600円

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不在の師匠めぐる物語

◇ますやま・みのる=1958年、大阪府生まれ。作家。著書に『勇者たちへの伝言』『波の上のキネマ』など。
◇ますやま・みのる=1958年、大阪府生まれ。作家。著書に『勇者たちへの伝言』『波の上のキネマ』など。

 評・南沢奈央(女優)

 私が尊敬する落語家のひとり、立川談春さんは前座修行時代、いくら過酷でも上手うまくいかなくても、大変だと思ったことがないと言う。その訳を一言、「決めたから」。また、師匠から矛盾したことや理不尽なことを言われても、「(談志)師匠にれてるから」。

 師匠と弟子の間には、外部からは踏み込めない領域があるのだと知った。絆とも違う、師弟関係の特別な結び付きがある――はずなのだが、師匠が失踪した。そこから物語は始まる。

 舞台は大阪の下町、残された弟子の末っ子、まだ駆け出しの女性落語家・甘夏が主人公だ。小さい頃の父親の冷たい態度がきっかけで、人前で声を出して注目されることが怖く、内気な性格になってしまった彼女を突き動かしたのは、落語家・桂夏之助。落語の中に、自分が憧れる「突き抜けたアホたち」がいたのだ。

 芸だけでなく、落語の本質や生き様を教えてくれる。その師匠が不在の一門。甘夏と2人の兄弟子は、落語「鴻池こうのいけの犬」に登場する捨てられた3匹の子犬のように惨めで、どこへ向かえばいいのか分からなくなりながらも、「師匠、死んじゃったかもしれない寄席」を開いて師匠を待つことに。さて自分が演じたい落語は何なのかと考えてみると、今の自分の心情に気づく。そもそも、なぜ自分は落語をしたいのか。立ち返ると、自分の弱さが見えてくる。

 「この世界も、捨てたもんやない」。ジャズナンバー「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」を意訳した夏之助の言葉が胸に浮かぶ。汚い部分も醜い部分も、人生を肯定してくれる。心の隙間を埋め、自分の信じた道を進んでいこうと思わせてくれるのが、落語なのだ。

 不在の夏之助が物語の軸にたたずみ、憎むでも責めるでもなく、最後まで心の指針にしている弟子たちを見ると、師匠という存在の大きさを感じる。いつか彼女たちが、今度は誰かの師匠になっていく姿に思いをせずにいられない。

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1067225 0 書評 2020/02/23 05:00:00 2020/03/02 10:26:33 甘夏とオリオン https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/02/20200222-OYT8I50039-T.jpg?type=thumbnail

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