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美しい痕跡 手書きへの讃歌 フランチェスカ・ビアゼットン著 

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刻まれる個性や温度

評・木内 昇(作家)

みすず書房 3400円
みすず書房 3400円

 宮本武蔵は左利きだった、と彼ののこした絵から推察されるらしい。墨の濃淡の具合が、左手の筆遣いであることを示しているという。時折、物故作家の恋文などが発見される。筆跡から判じて本物である。後世の人間にとっては貴重な史料だが、個人的文書だ。おそらく当人は草葉の陰で真っ青になって叫んでいることだろう。そいつを衆目にさらしちゃいかん、と。

 カリグラフィとは「美しい文字」の意味で、定形の手本にのっとり、鉛筆や平ペンを使って記す技法のこと。日本で言えば書道に近いが、より記号的な書体を身につけた上で、独自の様式へと昇華する過程をたどる。イタリアのカリグラファーである著者は、本書でその技術的解説をほどこしながら、「手で書く」という人が連綿と続けてきた営みの尊さに、より多くの紙幅を割いている。運筆が、いかに身体的に複雑な動きであり、言語運用能力や空間認識力を培うものか。そして手書きの文字が、どれほど豊かな温度や唯一無二の個性を宿すものか。

 確かに、手稿には推敲すいこうの過程や書き手の躊躇ちゅうちょの跡も残る。書状の筆跡から、それを書いた故人の人物像が浮かんでくるようなこともままある。これがコンピュータに打ち込まれた文書だと、例えば先の文豪の恋文もありがたみは半減するだろうし、それどころか本当にその人が書いたものか怪しまれるだろう。遺した当人も草葉の陰でシラを切り通すことができる。

 紙の文化は急速に衰退しつつある。場所はとるし整理に手間取り、経年劣化もする。キーをたたけば漢字変換ができ、保存も簡単、検索機能も付いたデジタルは便利には違いない。しかし人は意識せずとも日々五感でなにかを感じ取っている。触感や匂い、ペンを走らせる音。本書を読んでいる間、カバーに使われた紙の手触りや装幀そうていの美しさに心ゆくまで浸った。ビアゼットンの言葉は、この本の感触とともに、きっと読者の記憶に刻まれていくのだ。萱野有美訳。

◇Francesca Biasetton=1961年、イタリア・ジェノバ生まれ。カリグラファー、イラストレーター。

 ※原題は LA BELLEZZA DEL SEGNO:Elogio della scrittura a mano

無断転載・複製を禁じます
1250825 0 書評 2020/05/31 05:00:00 2020/06/09 10:31:35 フランチェスカ・ビアゼットン美しい痕跡 手書きへの賛歌(18日、本社で)=沼田光太郎撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/05/20200530-OYT8I50032-T.jpg?type=thumbnail

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