石に刻まれた江戸時代 関根達人著

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吉川弘文館 1800円
吉川弘文館 1800円

実情を記した資料

 評・佐藤 信 古代史学者・東京大名誉教授

 近世史は、古文書など紙に書かれた膨大な史料によって構成されてきた。一方各地に残る墓石・石碑などの石造物に刻まれた記録も数多い。これら石造物が語る歴史の実像に魅せられた著者が、歴史・考古学で見過ごされてきた供養碑などに焦点をあて、調査・研究した成果である。

 膨大な江戸時代の石造物は、飢饉ききん・災害・事故・疫病の犠牲者や遊女・刑死者のための供養碑など、多様である。これらは、人々の営みや自然・社会の背景を具体的に語って、歴史像の復元に役立つ資料となる。

 東北の飢饉供養塔は、度々の飢饉の犠牲者数や惨状を鮮やかに伝える。藩の失政となる恐れから、幕府への報告は被害を過小に算定するが、飢饉供養塔は現地の実情を記す。また供養主体が都市有力者から地域共同体に移る動向や、百回忌碑や祭りの継続から飢饉の記憶が末永く伝承された様相を物語ってくれる。

 地震・津波・噴火・水害などの災害碑は、供養とともに地震の体験や津波の高さを伝えて、災害対応の教訓も後世に伝えている。明暦の大火、天明の浅間山噴火などの犠牲者供養碑からは、建立の施主・協力者のほか石材・石工や立地の解析により被災の地域史や歴史動向がわかる。

 江戸時代の海運の発展に応じて、各地の港には海難供養塔が営まれ、北前船が走った日本海沿いには石灯籠など海運関係石造物が多い。その石材や石工・施主からも、海運史・地域間交流の実像がうかがえる。航海安全を祈る金刀比羅宮の石灯籠からは、施主が地元藩主から海運・商工業者へ、そして石工が讃岐から大坂の石工となり、また在地の石工へという変遷が判明するという。

 それにしても飢饉・災害や疫病等による不幸な犠牲者を、人々はよく供養し石塔を建て続けてきた。証人としての身近な石造物の調査や保存は、注目される。そして、石造物が語る個々の歴史事情と古文書等による歴史像の総合から、新しい近世史叙述が産まれることを期待したい。

 ◇せきね・たつひと=1965年生まれ。弘前大教授。著書に『モノから見たアイヌ文化史』『墓石が語る江戸時代』。

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1276097 0 書評 2020/06/14 05:00:00 2020/06/22 10:54:03 書評 「石に刻まれた江戸時代」 関根達人(1日、東京都千代田区で)=若杉和希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200613-OYT8I50040-T.jpg?type=thumbnail

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