戦後オーストリアにおける犠牲者ナショナリズム 水野博子著

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誰も望まなかった国家

評・加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

ミネルヴァ書房 7500円
ミネルヴァ書房 7500円

 オーストリアというと思い浮かべるのは、音楽の都ウィーンとハプスブルク家の栄華、アルプスの美しい景色、そして隣国スイスと同じ永世中立国で平和な国といったうらやましいイメージばかり。しかし、オーストリアは、「誰も望まなかった国家」として生まれたと聞くと耳を疑うだろう。

 ドイツ系のハプスブルク家が支配したオーストリア帝国は、第一次世界大戦で敗北。戦勝国によって民族ごとにバラバラに切り刻まれ、旧帝国内のドイツ人は「オーストリア共和国」というちっぽけな領土に閉じ込められてしまった。しかも、ドイツの再興をおそれる連合国は、民族的には同一のオーストリアとドイツとの国家統一を許さず、まさに誰も望まない「オーストリア国民」が生み出されたのだ。

 本書は、第一次世界大戦後に建国されたものの国民意識のないまま、ナチス・ドイツに併合され、第二次世界大戦後になって「オーストリア国民」が形成され、国民国家がようやく出来上がる過程を丹念に追った力作だ。

 望まれずに生まれたオーストリアは、第一次大戦後から第二次大戦にかけての犠牲者体験と記憶を国民統合の理念にして、自国のアイデンティティーを創り出そうとした。それを右翼から左翼にいたるほとんどの国民が受け入れたため、ナチ関係者まで犠牲者枠に組み込まれた一方、加害責任は曖昧にされていった。

 著者は、学者らしい冷静さと丹念さで、国民福祉政策・戦犯追及・そして戦没者記念碑を通して、「オーストリア国民」なるものを支える「犠牲者ナショナリズム」という特異な国民統合理念を解き明かすことに成功している。

 日本には、現地の一次資料を駆使してマイナーな国の歴史に向き合っている研究者が実に多い。地味で目立たないけれど本物の研究をしている人がいることは、もっと社会に知られるべきだろう。

◇みずの・ひろこ=1970年、三重県生まれ。明治大教授。共編著に『ハプスブルク史研究入門』など。

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1290273 0 書評 2020/06/21 05:00:00 2020/06/29 14:38:53 戦後オーストリアにおける犠牲者ナショナリズム=飯島啓太撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/06/20200620-OYT8I50077-T.jpg?type=thumbnail

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