それでも。マキァヴェッリ、パスカル カルロ・ギンズブルグ著

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みすず書房 5700円
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思想史の常識を逆転

 評・山内志朗 倫理学者・慶応大教授

 独自の視点から歴史を呈示するイタリアの歴史家ギンズブルグ。本書でも、「それでも」という一語を端緒にして、マキァヴェッリとパスカルとの関係を新たに解読し、思想史の常識を逆転させてみせる。

 「決疑法」とは、規則や規範を述べた後で「それでも」という接続詞を置き、例外を挙げる論法のことだ。

 マキァヴェッリは、中世由来の決疑法を踏まえ、規範と例外について省察を展開した。対照的に、パスカルはその決疑法を激しく批判した。

 ところが、パスカルは次のように述べて、暗々裡あんあんりに同じ論法を導入する。国家は法律をときどきねじ曲げてきたが、宗教はそれを許さなかった。だから、宗教は妥協か、または奇蹟きせきを必要とした、と。

 「それでも」は転回点だ。政治においては例外を、神学においては奇蹟を導入する語だ。対立する両者を結びつけるのが「政治神学」という論点なのだ。そこに、ギンズブルグは、マキァヴェッリとパスカルの接近戦を見つける。

 カール・シュミットは「近代国家理論の最も重要な概念はすべて、世俗化された神学概念である」という「政治神学」概念を提起した。著者はそれを媒介にして、世俗的な政治統治法を打ち出したマキァヴェッリの思想と、他方においてその決疑法を厳しく批判したパスカルの対極的思想とを結び付けてみせる。そこに対立ではなく連続性が現れる。細部における思想史の大変動の読解こそギンズブルグの得意とするところだ。

 中世神学とマキァヴェッリは結びつき、パスカルも中世的思考に染まっている。近世思想史の構図が大いに変化し、眩暈めまいを覚える。

 しかも、発見にちた本だ。狡猾こうかつで、抜け目がなく、陰険に見られるマキァヴェッリが予想外に行間に込めていた自由への願い、中世神学と親和的なパスカルの姿など。マキァヴェッリの「それでも」という一語から見えてくる光景は新鮮で刺激的である。上村忠男訳。

 ◇Carlo Ginzburg=歴史家。1939年、イタリア生まれ。ボローニャ大教授を経て、ピサ高等師範学校教授。

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1336241 0 書評 2020/07/12 05:00:00 2020/07/20 11:25:09 カルロ・ギンズブルグ「それでも。マキァヴェッリ、パスカル」(29日午後1時49分、本社で)=沼田光太郎撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200711-OYT8I50045-T.jpg?type=thumbnail

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