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一人称単数 村上春樹著   

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老いて記憶と向き合う

評・南沢奈央(女優)

文芸春秋 1500円
文芸春秋 1500円

 記憶というのは奇妙なものだ。思い出そうとしてもうまく思い出せない記憶もあれば、思い出そうともしていないのに、何かの拍子で再生ボタンが押されたように脳内で流れ始める記憶もある。かと思えば、その記憶は自分の体験ではなく、読んだ小説の一場面だったりもする。何とも曖昧で、つかみどころがない。

 物事を記憶にとどめることや、それを後に思い出すことに「いったいどれほどの意味や価値があるものか」。わからない。「石のまくらに」で〈僕〉が19歳の時に一夜を共にした女性の歌集をいまだに読み返してしまうことの意味や価値を「わからない」と思うように。それでも、一人称単数(主人公、あるいは著者自身とも思えてくる)の記憶を辿たどる8編の短編を通じて、考えずにはいられない問いになる。

 同時に向き合うことになるのは、“時間の経過”と“老い”だ。「ウィズ・ザ・ビートルズ」では、「としをとって奇妙に感じるのは」という書き出しで始まる。「かつての少女たちが年老いてしまったこと」だと言い、それを「夢が死ぬ」と表現されていたのは印象的だった。

 記憶はある意味、夢であり虚像。最後に収録されている表題作で、象徴的に〈私〉が鏡を見る場面が2回ある。読書にも音楽にも集中できずに、洒落しゃれたスーツを着た時。次はそのスーツ姿で出かけたバーで、カウンターで読書をしていた時。「いったい誰なのだろう?」。〈私〉が鏡に映った自分を見た時に感じる違和感はまるで、記憶を見ている時のようだと思った。本当に存在しているものなのか。本当に起こったことなのか。時がてば経つほど確信が持てなくなる。だが、そんな不確かな記憶でさえも抱え続ける意味や価値は、“老いて記憶と向き合うこと”で初めて見えてくるのかもしれない。

 一人称単数の記憶を追体験した私はきっと、今後の人生で幾度も、まるで自分の体験のようにして思い出すことになるだろう。

 ◇むらかみ・はるき=1949年生まれ。作家。著書に『神の子どもたちはみな踊る』『海辺のカフカ』など。

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1365715 0 書評 2020/07/26 05:00:00 2020/08/03 11:18:51 村上春樹「一人称単数」=杉本昌大撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/07/20200725-OYT8I50045-T.jpg?type=thumbnail

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